小説『大切なもの(未定)』
作者:tetsuya()

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三ヶ月ぶりくらいにほのかと会う約束になっている。

今日の目的は適当なおしゃべりしてストレスを解消することだ。ほのかに愚痴をもらしてストレスを解消したり、彼女から愚痴をきいたりすることでほのかのストレスを解消する。親友だからこそできるもちつもたれつの関係だ。知人程度だとどちらかが一方的にやってしんどくなりそう。加減がわからないため、気を遣いすぎてストレス解消から程遠くなる。

 ストレスを脳内に抱え込みすぎると、認知症などの病気を進行させるため、適度に解消に努める必要がある。ストレス解消方法はスポーツジムに通う、ゲームをする、勉強などそれぞれ違う。犯罪にならない範囲内で、必ず一つは身につけておいたほうがいい。これだっていうのを自分なりに見つけよう。
 
 今回はストレス解消法は、もっとも一般的であると思える他人への愚痴や不満をいうやりかただ。やったことがないという人はほとんどいないはずだ。ただ、酒を飲んで酔っ払ったり、そうでなくても勢いで口からでてしまい、上司がそこにいて自爆するというお決まりのパターンにならないように。愚痴で自分の世界を壊してしまっては元もこうもない。

 誰かの悪口や不平を漏らすのは決して好ましいことではないけれど、生きるうえできわめて重要なのもまた事実。不満を持たずに生きることなんて絶対にできないのだから。

 不満をいう相手はまだ決定していないが、事務職にこだわり続けている女は高確率で出てくるだろう。どこか他人を見下していて、天狗になってしまっているふしもある。今回就職が決まらないのも、わたしをわかっていないからだと、完全に責任を転嫁している。自らの非を認めようとしない典型的な自己中心人物だ。

 事務職で就職が決まらないというよりは、どの職種であってもあのような扱いにくい人間は採用されないといった方がしっくりくる。プライドも人一倍高く、職種も限定するため困難を極めている。

 こういったアドバイスはしていないが、唯一可能性を見出せる適職といえば、一人で作業に没頭できる系統の仕事かな。他人の命令を効くのは苦手だけど、能力は無駄に高いし、自分のやりたいようにできる分野なら力を存分に発揮できるだろう。人との係わり合いを極力減らしていかなければ、必ずトラブルになる。
 
 ほのかと顔があったので手を振った。彼女も気づいたらしく手をふりかえしてきた。

 親友だと三ヶ月はすごく長く感じる。ずっとずっと会っていない寂しさに包まれ、もう二度と会えないのではないかと悲しくなってきたりもする。想いが強ければ強いほど比例する。

 傍においておきたい人ほどすぐに離れていくような悲しさに包まれてしまう。離れていく比率はさほど変わらなくとも、大切な人の一人はどうでもいい何十人分と比べても、はかりが壊れてしまうほどの大きな差がある。

 ちなみに、どうでもいい人だといくらいなくなってもいたくもかゆくもない。早くいなくならないかなと内心願ったりもする。そういうのに限って、いつまでもゾンビやハイエナのようについてきたりするから厄介だ。自分の狙った獲物をずっと逃さないやり方で執拗についてきて、はなれようものなら弱みをついてきて逃れられないようにする。事務職にこだわって就職できない女性のように。あの手と関わりたい人間は皆無だろう。ほのかも彼女にはすこぶる迷惑している。貴重な時間を奪っておいて、わたしに会えてよかったんでしょという言葉はないだろう。お前何様だっていいたい。感謝しやがれ。

 うるさい女が心で浮かびながらも、ほのかと顔を合わせた瞬間、表情は自然と緩んでいるのがわかる。彼女にストレス解消の魔力はないけれど、それに似たものがあるのは間違いない。呪縛から開放されていくのがはっきりとわかる。

「佳代、お久しぶり」

「ほのかも元気そうね」

 前田ほのかは高校時代の親友の一人だ。貧乏を差別することなく、親身になって接してきてくれた数少ないクラスメイト。貧乏ネタでからかってきた、事務職しか頭になくて立場逆転にリーチをかけている女性とは根本が違う。

 さっきからあの女の悪いところばかり浮かんできてしまっている。いやなものを忘れようとしても、とっさに思い出してしまうパターンにのめりこんでしまっているようだ。せっかくの貴重な触れ合いをあんなバカ女のために潰したくはない。思い出すのは帰ってからにしよう。

 ほのかは現在、どんどん少なくなってきている心優しきかけがえのない親友である。最近は人間の質がどんどん低下してきており、自分勝手な人が爆発的に増えた。思い込んだら即行動などという愚かすぎる。ああいうのは何も手を下さずとも自爆する。あの・・・・、いけない忘れようと決心したばかりなのにまた思いだそうとしていた。無理に忘れようとせず、自然に消滅するのを待ったほうがいいようだ。

 どうして脳はこんなに不自由なのだろう。もっと自由がきけばいいのに。もどかしすぎる。セクハラや麻薬のやってはならない再犯率が高いのもうなずける。ああいった人たちはやらないとという脅迫概念に襲われてしまうんだろうな。いいことに脳がとらわれるのはいいけど、悪いことばかりに脳がとらわれてしまったら人生おしまいだ。自制、自制、自制・・・・。

 ほのかの就職はすでに決まっている。佳代のすんでいるところからかなり遠い場所だ。そのため、これまで以上に会うことは少なくなるだろう。かけがえのない親友がまた一人減るのは辛い。

 彼女には将来画家になるのを夢見ている。世界にすばらしい絵を広めていきたいらしい。高校時代にほのかが書いた絵は、近くで見た作品で一番心を打った。美術の教師がいらないと思えてしまうくらいに上手に背景を描いていた。あんなすばらしい絵はどれだけ努力しても佳代には遠い世界の話だ。小説家はまだしも、絵はもともとの才能が大きくものをいう。努力したからといってなれはしない。声を変えられないのと同じだ。才能はうらやましい。

 佳代はほのかに全般的な信用を置いている。育ての親の母は信用できなくても彼女は信用できる。佳代の心に余裕を持たせてくれたのも、はりつめてばかりいると精神が持たなくなるのを教えてくれたのもほのかだ。もともとかなり楽観的な性格ではあるけれど、以前は貧乏生活から心も病におかされようとしていたこともある。

 水道水を一滴もこぼせない緊張感などは一生忘れないだろう。あれを体験できたのは貧乏だったからこそだ。

 お金に余裕がある今となってはどうしてこんなことを思っていたのかと不思議でならないのだが、当時はたった一滴が命とりにつながると、呪文のように念じ続けていた。水を命にまで例えていたこともある。手が緊張のあまり震え、喉がからからになっていた。
 
 極度の緊張に耐えかねてコップを割ってしまったこともある。彼女のコップは一つしかなかったため、一ヶ月間、ご飯を食べ終わったあとに水を入れて飲むというこじきがやるようなまねを続けた。悲しすぎる。

 コップを割ったことで母に延々と説教をくらう口実を与えてしまい、弱り目に祟り目だった。百円前後のコップ一つでここまでいわれるとは、収入が安定した今ではありえない。ものを大切にする心は必要だが、あれはやりすぎだ。

 粥を一粒残しただけで、あんたは食べ物に感謝してないでしょとみみっちくいわれ続けたのも、振り返るとすごいことだなと思ってしまう。食べ物を粗末にしてはいけないのはわかっているが、舐めたようにきれいにしないと完食したとみなされたなかったのは悲しすぎる。粥を作るのに使っていた鍋も思い返せば、毎回洗剤で洗った直後のようにきれいだったな。付着しているのは洗剤ではなく唾液だけど。弁当で食べられなくなったものを、平気で捨てられるようになった現在とは大違いだ。食べ物を粗末にできるようになるなんて大きく出世したな。

 その他もいろいろひもじすぎた。それを佳代は極度の貧乏をネタにされ、バカにされていた。貧乏人、疫病神などと演技でもないあだ名までつけられ、お金が紛失するとその度に犯人扱いされた。

 目の前で一円玉を机に置いてからかういじめも流行った記憶もある。「貧乏な佳代を一円玉で救ってあげよう」などともっともらしい名目までつけていたのは嫌味を強調するためだ。人を助けるためにおこなわれていることで差別するとは。発想を変換ですべてのものを悪くしてしまえるのは悪知恵はすごい。 

 さらにすごいのがコンビニなどにおいてある募金箱を真似して作った物まで用意してあったことだ。あれは無性に悲しくなる。貧しいからしょうがなく寄付してあげますといわんばかりだ。許せなくなって、机の上において帰った一円玉数枚を弾き飛ばしてしまい、先生にお金の大切さはおまえが一番わかってるだろと注意された。わたしは悪いことをしていないのにどうして怒られなければならないんだ。

 いろいろなことでこらえきれなくなると屋上で悔し涙を流したりしていた。辛くて辛くて、教室から逃げ出して屋上でたった一人、孤独感と絶望感に包まれる。一人で誰にも助けを求められないのは辛さをしみじみと感じていた。十年以上たった今においても全然忘れられない。

 ほのかと三時間ほどいろいろなことをして解散した。彼女の癒しの効果は大きくストレスはすっかり消えていた。ダメ女を思いっきり罵れてとても有意義だった。あいつみたいな輩は失って出鼻をくじかれてしまえばいいんだ。就職が最後まで決まらないことを祈る。

 彼女にこれからもよろしくねと、手を握られた瞬間は胸の中が熱くなった。大切な人だとありがたい。他人の皮膚をここまで許容できるのは、ほのかへの高感度が高い証だろう。 

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