小説『大切なもの(未定)』
作者:tetsuya()

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 友人の死などといった不吉なものが突如として頭に浮かんでしまったのは、父のことがあるからだろう。彼女は人の死が何をもたらすのか痛切に学ばされた。

 人間の予定は本来、生きている前提で立てられ、不慮の事故などといった都合の悪いことは度外視されている。それを考慮していたら何もできないしやらない。

 だけど見つめ直してほしい。交通事故や水の事故などで数多くの命が毎年失われている。予期せぬ事態によって尊い命はいとも簡単に失われていく。明日生きていると世界中の誰が断言できるだろうか。

 我が家も死別によって一家の大黒柱を失う不幸に遭い、三人の人生に暗い影を落とした。

 父親ではなく母親が死別していたらどうなっていたのかな。死ぬ人間をとっかえっこできるのならやってみたい。

 父が生きていれば、きっと三食塩粥の貧しい生活はなかった、水道の水を一滴もこぼせない圧迫感も経験しなかった。財政的には楽に過ごせたんだろうな。

 経済以外にも父の死は様々な場面で響いた。父親と母親を合わせても欄が空白だったのはクラスで佳代だけだった。そのせいで変わり者のように思われるなどいろいろなところで苦労した。

 勝手に死んでいった父親を妬み、一人で愚痴を連発していたこともあったな。昔のことを思い出すと自分もまだまだ幼かったな。

 父親がいないからこそ多くのものを学べたんだ。反骨心、心から他人に優しくする、金銭の貴重さなどいろいろなものを。

 貧しい思いをしたくない一心から、歯を食いしばって生き抜こうとする心が生まれ、いじめに遭った苦しさなどから他人への優しさを学び、限りある中からお金をやりくりしたからこそ必要なものだけに原則使えるようになった。

 逆だった場合はすべてを失っていただろう。裕福だと親から養ってもらうことを考え、苦しさを学ばないと人の痛みをわからなくなる、金銭も無駄に有り余ると余計なものに投資するようになる。

 上記以外に時間の使い方などもある。これにしても人それぞれの価値観によって使い方は決まってしまう。一秒も無駄にできない生活を送ってきたなら有効に使おうとするし、暇を弄んでばかりの生活を送っていると大切に扱えずに終わる。

 自らの体験から失うことではなく、与えられることこそが大罪なのだと思うようになった。ないからこそ補うために必死になり、真に大切なものを得られる。

 一つの到達点があるとしよう。そのレベルに到達するまでに大きな労力を要したものと、最初からそのレベルに達していたものとでは感じるありがたみが違う。前者は感謝し、後者は当たり前に思う。どちらの方が成長するのかは一目瞭然だ。

 佳代は父の死を最高に恵まれた環境を作り出すのに大いに貢献したと思えるまでになった。文江には申し訳ないが、弟の博もそうだと確信している。わたしたち兄弟はないものを必死に補うためにがんばってきたからこそ成長できた。

 すっかり元気になった佳代はほのかのところに戻ることにした。

 彼女に依存しすぎるからいけないんだ。彼女がいなくなっても、自分ががんばっていれば、これまで見向きもしていなかった人に支えてもらえる。自分は一人で生きているのではない。そう思うと胸のつっかえものも完全になくなった。

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