小説『大切なもの(未定)』
作者:tetsuya()

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今日の主役はなんといっても二十二歳になったばかりの、自称世界一美人のわたしである。

 席に座り、食べ物をつかもうとする前に、ほのかに注意された。

「食べる前に手を洗ってね」

 思わず苦笑した。また本能で行動しようとしていた。いくつになっても直せないな。

 わたしは欠点のある自分がとっても大好きだ。失敗する自分、欠点のある自分、子供のように無邪気な自分、優しい自分、どれをとっても世界一だ。どれも絶対に負けない。

 台所まで歩き、水道の蛇口をひねる。力を要れすぎたため、大量の水が溢れ出す。

 溢れ出す水を見て、昔は命綱だった水もずいぶん粗末になったと感じた。

 大量の水が、さまざまなものを吸い込んでいく。大きな滝に流されていく丸太のようだ。

 大量に水が流れる光景に少し見とれてしまい、勿体無いという認識はまったくない。

「佳代、蛇口を締めて。もったいないよ」

 ほのかに注意されてようやく我に戻り、急いで蛇口の水を調節する。

 一日わずかな水で生活している国の人からしたら、ありえないことをしているな。世界には人間が一日で最低限必要とする水もしくはそれすら与えられない生活を余儀なくされている人々もたくさんいるというのに。佳代の無駄遣いぶりは、一日かけての説教に値しそうだ。

 石鹸で丁寧にきちんと手を洗うと、つるつるのピカピカだった。輝いている自分の指につい見とれてしまった。

「活動的な性格は今も変わってないね」

 ほのかは満面の笑みを浮かべていた。彼女に合わせ、佳代も笑った。

 先ほど、ほのかはすごく言い方をしてくれた。これは非常に重要だ。いい言い方だと短所が長所になる。

 慎重、堅苦しい性格、落ち着きがないといった言葉があるとしよう。これだと悪いイメージを与えるけど、羽目を外さない、真面目、活動的などと言い換えられると褒められているようで嬉しくなる。

 褒められて喜ばない人間はほとんどいない。普段から相手のいいところに注目して、褒めるようにしよう。相手も心を少しずつ開いていってくれるはずだ。

 手を洗い、いよいよ食事だ。佳代はほのかの用意してくれた紙皿に、食材を盛り付け勢いよく食べ始めた。太るとか一切気にしないでがつがついきたい。

 食べ始めて数分は、威勢が極めてよかったものの、ある程度食べると満腹中枢を満たし始める。皿に持った食材はかなり残っているが、食べられそうにない。

 普段食事をかなりきめ細かく調節しているため、誕生日だけいっぱい食べるとはいかないようだ。誕生日だけ胃袋が大きくできればいいのに。まったく不自由な胃袋なんだから。

 限界になると、ご馳走だと思っていたフライドチキンや、白身フライは見るのもいやになってくる。廃棄できるのなら廃棄してしまいたい。女性の敵、高カロリー食材は大きらいだ。フライものを発明した人を呪ってやりたい。
 
 ほのかは佳代が食べるのをやめると、食材を片づけ始めた。佳代が勢いよく食べ過ぎたため、ほのかはほとんど手つかずの状態だった。
 
「ほのかはほとんど食べてないけど大丈夫?」

「うん。今日の主役、自称世界一美人の佳代に合わせなくちゃ」
  
 ほのかはてきぱきと片づけていく。終わると、冷蔵庫からバースデーケーキを取り出して、机の上に並べた。

 佳代はフルーツがたくさん盛られたバースデーケーキに目を奪われる。先ほどまでもう食べられないと思っていたのに、これなら丸ごと一個おなかにおさめられそうだ。デザートと食事は別腹。

 バースデーケーキ、現在では誕生日に絶対に欠かすことのできない食材となっている。

 再びよだれが口の中に充満してきて、危うく落としかけるところだった。ふだんは冷静を保っているが、本能が勝ると、どうしても羽目を外してしまう。

 バースデーケーキにろうそくはさされておらず、横にも並べられていない。
 
 佳代はケーキに蝋燭をさすのにすごく否定的だ。ケーキをグチャグチャにするだけだし、火をつけようものなら、蝋がケーキに混じってしまい食べられたもんじゃない。
 
 ケーキに蝋燭をつける決まりは、蝋燭業界がバースデーケーキに蝋燭をさすと縁起がいいとか、適当な理由をあとで付け加えたのだろう。まったくとんでもないことを考えてくれたもんだ。ケーキが不味くなるだけでメリットがない。

 包丁で切るのもイヤだ。形が崩れてしまう。今の形のケーキにがぶりつくようにして食べたい。

「佳代は一人で食べたいみたいだね」

 心を射抜かれていたようだ。

「一人で食べていいよ。なんたって・・・」

 コングのリングが鳴ったかのように、佳代はケーキを食べていく。原形が崩れても、フルーツが落ちても気にせず口に入れ続ける。新鮮なフルーツ、絶妙な甘さの生クリーム、いい堅さの生地を次々とどれをとっても最高だ。

 先ほどまで限界に近かったはずなのに、ほとんどケーキを食べつくしていた。残っていたのは、食い意地の汚い佳代が撒き散らしたフルーツだけだった。

 口の中は甘さに包まれていた。とっても幸せ。

 ほのかがいなければ、三分ルールを適用してフルーツを口にするところだ。

「すごい食べっぷりだったね。わたしまで一緒に食べてる気分になっちゃった」

 ほのかからおしぼりを受け取り、口の周りを丁寧に拭いていく。たくさんの生クリームが付着していたため、一本では足りず、二本目のお絞りでようやく生クリームを完全に拭き取れた。

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