小説『大切なもの(未定)』
作者:tetsuya()

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誕生日パーティーが終わり、二人は楽しくおしゃべりしていた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。時間がずっととまってくれればいいのにという願いは届かない。

 日付も変わる頃、ほのかの楽しそうな顔が一変した。
 
「わたしたち来年から離ればなれになるけど大丈夫だよね」

 在学期間中は会う機会はあるものの、来年からは別々になる。彼女の実家も、佳代のすんでいるところから遠いため、滅多に会うことはできないだろう。

「うん。これまでいろいろとありがとう」

 先ほど整理したおかげで、すんなりと言葉が出てきた。自然といえたことからして、親友との別れは悲しくないのかなとも思えてしまう。

 ほのかは自然体の佳代にかなりのショックを受けたらしく、涙目になっている。こういう場合はうそでもいいから、大丈夫ではないといえばよかったのかな。心配させないためにいったのだが、裏目に出てしまったようだ。 

「どうして悲しくないの? 何で機械的にいってしまうの? 佳代には人の心がないの?」

 ほのかは子供のように泣きじゃくれる。いつも冷静で、優しくて、励まし続けてくれた彼女は消えてしまった。二十一歳の大人が、一歳の赤ちゃんのようにわあわあと泣いている。
 
 お手本だと思っていた、ほのかの一面を見て、人間は完璧ではないのを改めて思い知らされた。大いなる野望を心に秘めながら、佳代に嫌われないために完璧人間を演じていたのかも。

 地面で声を出しながら泣いているほのかを見て、彼女について何もわかってなかったんだなと、この瞬間初めて思い知らされた。ほのかを見ているつもりになっていただけで、中身をちっとも吟味しようとはしていなかった。貧乏時代を乗り越えたから、他人の苦しさはすべてわかると思い込んでいた。

 自惚れもいいところだ。ほのかにはほのかの苦しみがあるのにバカみたい。二十二年間、どんな人生を送ってきたのだろう。まるで自分だけが不幸で、自分だけが苦しい思いをしてきたかのようではないか。他人には他人の苦しみがあるのに、何でもっと精査しなかったんだろう。自分の基準だけで物事を決め付けようとしていた。

 自分が世界一不幸だと思っている人間はたくさんいる。そう誰もが信じて疑わない。

 それは完全なる誤りである。目が見えて、耳が聞こえるだけで、すでに世界一不幸から完全に除外される。生まれつき光を知らなかったり、音を聞く権利を失っている子供はたくさんいる。

 足を動かせなかったり、脳に重い障害を負ってしまったり、あたりまえのことが理解できなかったり、といろいろ苦しんでいる人もたくさんいる。五体満足の生活を送れる権利を持っている人が、世界一不幸だなんて思うこと自体許されない。何様のつもりだ。

 社会で年間三万人が自殺する。生きる希望を失ったのが理由らしいが、もっと苦しんでいる人がいるのだと知っているのなら思いとどまれるはず。生きるのがイヤになったから死ぬなんて、いろいろ世話をしてくれた周囲の人たちに対する最大の裏切り行為だ。彼等はもっともらしいことをいって人生から逃げただけに過ぎない。

 長く生きたいと願っても、エイズやすい臓がんにかかったり、交通事故に見舞われて命を落とす人もたくさんいる。自ら命を絶つのは、生きたくたって生きられない人たちへの最大の冒涜だ。死ぬのを選べない人間もたくさんいる。死にたくなったときは、もっと苦しい思いを死ながら生きているのを想像みたらいい。きっと死ぬのを思いとどまれるはずだ。

 もっともっと不幸な人はいるはずなのに、自分のことしか考えないから、世界一不幸だと勝手に思い込んだりできる。わかったのであればその考えを今日から改めてみよう。

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