小説『大切なもの(未定)』
作者:tetsuya()

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二人は楽しくお喋りしていた。深夜の一時なのに、二人とも真昼のようにピンピンとしている。楽しくて疲れを忘れている。

「私、彼氏と別れたんだ。大学を卒業してからはお互いに新しい道を歩もうってことになったの」

 あんなにラブラブだったのに勿体無い。二人は社会人になってからも仲良くし続けると思っていた。

 ほのかは携帯電話の画面を見せた。画面に登録されていた彼とのツーショット画像が全て消えている。食べ歩きをしたり、本を一緒に読んだり、会場に行った映像はどこにもない。人生にリセットボタンをかけたようだ。

「別れた日に全部消したの。冷たいと思われるかもしれないけど、新しい人生を歩むために、過去の思い出に浸っているわけにはいかないの。人生のパートナーを作るために、彼への想いは断ち切っておかないとあとあとによくないしね」

 佳代は恋愛経験も、異性に本気で恋した経験もないのでわからない。高校時代までは三食塩粥から脱するためのアルバイト、就職してからは家族を養うことで頭が一杯だった。
 
「お互い遊びみたいな恋愛だったのかもしれないね。何事もなくすんなり別れちゃった感じ。未練もちっともないんだ」

 遊びで恋愛したことないので、これまたよくわからない。佳代にとって恋愛は結婚を前提としたお付き合いというイメージしか膨らんでこない。 

 佳代の反応が薄いのを感じ取った、ほのかは話を変えた。とはいっても恋愛関係に変わりはなかった。

「佳代には彼氏いるんだよね」

 現在について質問しているのだろう。高校時代まではいないのをほのかは知っている。

 質問の仕方はすでに彼氏がいて当然といったニュアンスが含まれていた。

 佳代は現状を正直に答える。嘘をついていい話題ではない。

「いないよ」

 ほのかは度肝を抜かれたように言葉を失った。百パーセントに近い確信を持っていたのだろう。

 夜中にもかかわらず、ほのかは大声で叫ぶ。先程の涙と同じく理性を失っていた。

「嘘でしょ!」

「嘘じゃないよ、今も彼氏いないよ。一度だって彼氏の話題しなかったじゃない」

 ほのかは二人の記憶を辿っているようだった。

「確かに聞いた記憶はないけど、隠してたのかと思ってた」

 佳代はないないというように横に手を振る。

「大事なことは隠さないよ。彼氏がいないなんて嘘ついたら、信用問題にかかわっちゃう」

 以前そういったクラスメイトがいたのをしっかりと記憶している。交際相手がいるのに、気があるような素振りを他の異性にして破局に追い込まれたのを。女性側は問題なしと思っていたようだが、男子生徒が激怒したことで溝が生じてしまい上手くいかなくなった。

 千差万別の考え方があり一概ではないものの、私は彼氏がいたら、他の異性と親しくするのは極力避ける。恋愛表現を用いないようにも心がける。第三者の心が揺れ動かないとも限らないからだ。

 彼氏がいなくとも、複数の異性に優しくする行動は避けたほうが無難。複数に好かれたら、対処が難しくなる。心優しくて、相手のことを真剣に思いやれる人なら充分に有り得る。

 恋愛の構図は一対一がベストだが、一対複数が案外多い。複数の内定を勝ち取れる学生と、一社の内定も勝ち取れない学生が現れるみたいに。勝ち組と負け組みに分別されてしまう。

「同僚から彼氏がいる思われてるんじゃない」

 考えたこともなかった。いると思われたから誰も近づいてこない。完全な盲点だ。嫌われているから近づいてこないのかと思っていた。

「思いやりの強い佳代なら、男性はいると大多数は決めつけてる。高嶺の花っていうやつじゃない」
 
 避けられるのには二つのパターンがあるのかもしれない。嫌われているから近づいてこないのではなく、好きだから近づいてこないか。

 何とも理解しがたいが、男性のそっけない素振りを見ていると充分に有り得る。嫌われているのではなく、好かれているのか。嬉しいような悲しいような。

 どうしてできないのか悩んでいたのがバカみたい。分かると簡単なのに、深く悩むから方向性を見失っちゃうんだ。

 恋愛について一つだけ肝に銘じなければならないことがある。焦らないようにすることだ。人を細部まで事細かに観察して、信用できるのか、都合のいいことばかりいってないか、自分の悪いところを素直に認めて間違ったところを修正できるかなどをしっかりと判断していこう。イケメン、金持ちなどどうでもいい部分を強く意識するとまともな結果にならない。恋愛で失敗する大多数の人はそういったところにばかり視点を注いでいそうな気がする。

 佳代は異性の恋心を利用してまで恋愛したくない。弱みを握るとか、禁断の過去を暴露させるなんてとんでもない。極力対等にお互いを尊重しあう、利害のない純粋な恋愛をしたい。

 佳代は付き合う異性ができたら、他の男性には目線を向けないようにする。迷いを振り切るために。誘惑に弱い佳代なら彼を裏切ってしまいかねない。

 距離がほんのわずかでも近づいたり、異性として好意を抱いているのを察知したら、彼氏がいることをきちんと伝える。彼氏がいることを隠して、利用するために近づくなど言語道断。屑がすることだ。生きる資格もない。他人を騙して這い上がるくらいなら死んだほうがましだ。

「早く彼氏作りなよ。楽し・・・」

 ほのかの話を途中で止める。お互いに、相手のことに深く介入しそうになった場合はこうなる。人生の選択肢を犯さないために。他人の人生に介入するのはおせっかいでしかない。

「恋愛についてはこれからゆっくりとやっていくよ。私は私のペースでやりたいんだ」

 ほのかは自主性を奪おうとしているのに気づいたらしく、恋愛の話をすぐさまやめた。    

 佳代とほのかが親友でいられたのは、欠点などをきっちりと指摘しあえる間柄だったからだろう。お互いにいいところを認め合いながらも、悪いところについては遠慮なく言い合ってきた。

 これから新しい友人や恋人をつくることがあるだろう。広く認め合い、励ましあい、欠点を指摘しあっていける人材と深く接したい。

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