小説『大切なもの(未定)』
作者:tetsuya()

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 結局、職業についての結論は出せなかった。将来を左右する職業を、一日二日で決められはしない。これについてはじっくり見つめながら考えていこう。自分はまだまだ若く、あせる必要もない。

 せっかく頭を切り替えてリラックスしようとしたのに、また考え事にのめりこもうとしていたようだ。あまり張り詰めてばかりいると、精神が持たないというのに。

 佳代は再度リラックスを心がけるようにした。仕事で神経を消耗し、せっかくのフリータイムも考え事をしていてばかりはよくない。脳内が疲れすぎると、いらぬ失敗をしてしまう。

 大きく背伸びをし、深呼吸を行った。わずか十秒ほどではあるが、身体が少しほぐれ、精神も軽くなった。眠気も少し吹っ飛ばせたらしく、先ほどまでの欠伸の回数も減ったようだ。

 ちっとも余裕のない生活を送り続けてきたためか、時間にも貧乏根性が焼き付いてしまっているようだ。これだから貧乏はいかん。経済的にも、精神的にもおおらかにならなければ大切なもの、肝心なものを見失ってしまう。

 生きていく課程で心身の健康は一番大切なものだ。どれだけお金を持っていても、健康な生命、安定した精神状態を維持できなければ意味も激減する。

 さらなるリラックスで心をおおらかにするため、書店に向かう。彼女は支度をして家を出た。

 彼女がよく通う本屋は住むところから十五分ほど歩いたところにある。彼女は本を読むことで、脳内が柔らいでいくのを実感できる。音楽もかかっておらず、閑古鳥の鳴きそうなくらいの静けさの中でのひととき、至福の瞬間だ。

 貧乏時代、心だけは温かくなりたくて、図書館や書店でいろいろな本を読み漁っていたのを思い出した。えげつない殺人、性描写ばかりかかれている、心を失いそうな小説や文庫本は徹底的に避け、心から感動できる本に対象を絞った。足を骨折しながらも前向きに生きる少年を描く、からだに不自由があっても一人前に成長して立派な職につく、障害という大きなハンデと向き合いつつ、不景気な時代に正社員に抜擢され、その後一般女性と結婚して幸せになる話などは胸が強く打たれた。ハンデにも負けず、前を見つめて生きていく。すばらしいの一言に尽きる。自分の貧乏と重ねあわせ、逆境に強い心を作り出した。三食塩粥に耐えられたのも、本から養分を吸収し、心をおおらかにできたからなのかもしれない。

 ただ、いいことばかりではなかった。図書館でたくさん本を読んですばらしいと褒められた佳代も、書店では一冊も買わない立ち読み常習犯だったため、店員に白い目を剥けられたり、舌打ちされたりするなど、かなりうざがられていたのをふと思い出し、苦笑した。通うたびに、またかとわざと聞こえるようにいわれるようこともあった。それも気に留めず、中学生時代、週に一度は懲りずに通ったのを覚えている。大好きな作家の発売日になると、読みたい気持ちを抑えきれずに、よく駆けつけたりしていた。お金があれば買っていただろうけど、ないなりに知恵を振り絞っていた。

 その本屋の店長であるハゲ親父、本名岩田稔は、スポーツ新聞を読みながら、威圧するような態度をよくとっていた。

 ハゲ親父といっても毛根は死んでいない。剃刀かなにかでツルピカに頭をそり、さながらハゲのように見えたからそう呼ばれていた。

 店長は厳正なる男で、かわいい女性であっても容赦なかった。教育がなされていないであろう子供にもつっかかるようなところな短気さを兼ね備えていた。そのため、客は少なく、佳代が中学卒業と同時につぶれてしまった。他人を大切にしなかったからこそ、つぶれてしまった典型的な店だ。「いらっしゃい」、「ありがとうございました」すらいっていなかった。自分は欠点のない完璧人間だと思い込んでいたふしもある。客を待たせるのも当然という態度を取っていた。

 欠点を持っていると認める、それも生きる上で大切な要素だ。自分は正しい、何も変える必要がないと狭い視野にとらわれていては、失うことあれど得るものなしだ。自分は神だなんて思っている人に、近づいていくお人よしはいない。自らの成長の妨げにもなってしまい、逆一石二鳥だ。

 本屋の店長と重なる人物が社内に存在している。融通がまったく聞かず、天狗社員もいいところだ。親から甘やかされたのか、学校の成績がよかったために勘違いしているのか、もともとそういったのを理解できないのかはっきりしないが、浮いてしまっている。他人との協調性を取ろうとしていないように映ると大損だ。

 他人と融和するためには、とにかくその人を観察して知ろうとする姿勢を持たねばならない。細部にも注意を払い、神経質なのか、おおらかなのか、傷つきやすいのか、嫌われているのかを知るように心がける。衝突を減らすためにしっかりと相手をみていこう。一見相手のためにやっているような行動は、実は自分の身を守ることに繋がっている。危険人物を一瞬で、感知できるようになればリスクを減らせる。

 相手と自分を見比べ、よくするところは真似、悪い部分は排除するのはおすすめだ。その対象は同性であっても、異性かまわない。できる限り多くの人の傾向と特徴を、観察して他人の理解を深めていきたい。殻に閉じこもっていないで、自分の世界観を広めるために外出を増やそう。
 
 佳代はそれに反するインターネットの世界が大嫌いである。会ったこともない人をストレス解消のため、憂さ晴らしのためだけに好き放題誹謗中傷する。書き込み版をみていると利用者のモラルの低さがよく分かる。面白半分で楽しんでいるだけだ。 

 最近、モラルや質といった根幹となるべき部分を失った大人は少なくない。自分さえよければいい、他人がどうなろうが関係ない。他人を傷つけることに快感を憶える、まともでない人間が格段に増えた。

 インターネットはモラルの低下に大きく貢献していると、佳代は思っている。書き込み掲示板に、誹謗中傷のコメントを乗せ、他人を簡単に傷つけることを、生きがいとするなんてバカとしか思えない。殺人動画、いじめ動画などをアップロードして得意げにしている少年少女も増えてきており、将来が危惧される。青年教育のため、会社はインターネットを運営している会社は責任意識を持って取り組み、社会の秩序の維持しなければならない。ちょっと気に入らないことがあれば、すぐに「死ね」などと書き込む輩はインターネットへのアクセスを禁止にするなどの対処も必要だ。誹謗中傷を生きがいとする輩があふれてしまえば、将来は危なくなってしまう。

 人間の心の養成は、技術の養成よりもずっとずっと大事で、間違ってしまえば取り返しのつかないことになる。ゲームやインターネットをするのもいいが、もっともっと他人とたくさん遊んだりしよう。

 心豊かになるのは本当に大事だ。就職難やパートでお金がなくとも、心の安定さえ保っていればいつかいいことに巡りあう。もっともっと楽観的になろう。 

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