小説『Silent World』
作者:Red snow()

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第二夜 -代償-











秀介が目を覚ますと蓮杜はすでに起きて昨日と同じように病院の方を睨んでいた。
「どうだ?」
秀介が声をかけた。
「まだだな・・・」
と蓮杜がつぶやく。

暗く低く垂れた鉛色の雲から落ちる冷たく刺すような雨はしとしとと二人を叩いた。

昨日なら朝日が昇る頃だろうか徐々に空が明るみを帯びていき死んだ町並みを淡く照らし出していく。

蓮杜の隣で単眼鏡を覗いていた秀介はふと隣にいる蓮杜を見た。
それはまるで岩のように動かず生きているのか死んでいるのか分からないほどだった。

「見えた」
蓮杜は秀介に低くささやき銃の安全装置をゆっくりと解除した。
それを聞いて秀介がすかさず単眼鏡で確認する。
敵の狙撃手は部屋の奥の台に銃を乗せこちらではないどこかを見ていた。
「確認した。標的1 射距離480m 高低差16m 東の風3m/s 気温8℃ 湿度90%」
秀介が周囲の情報を的確に伝達し、蓮杜がそれを聞いて狙いを修正する。

「いつでも撃てる」
蓮杜はそういうと引き金に指を掛け深く息を吸い込んだ。
秀介が絶えず変わる風を読みつつタイミングを計る。

「今だ撃て」
秀介がそういい終わる前に蓮杜は引き金を引いた。

乾いた発砲音が濡れた街に響き渡り雨の音を掻き消す。
勢いよく排出された薬莢が壁に当たり鋭い金属音を立てながら後ろに転がっていった。
放たれた銃弾は敵の顔に命中し敵はその場に崩れ落ちた。
「命中・・・標的無力化」
秀介が機械のように蓮杜に伝えた。
「認識票をとりに行くぞ」
蓮杜はそう言うとゆっくり穴から抜け出し橋に向かって歩き始めた。秀介も後に続く。


二人が去った後、その場には真新しい真鍮の薬莢が一つ雨に打たれて白い湯気を上げていた。



二人がちょうど橋の真ん中に達したとき蓮杜が立ち止まって言った。
「この橋の名前・・・知ってるか?」
「・・・いや知らないな」
秀介が少し間を開けて答えた。
「スターリングラード平和記念橋。前は白くて綺麗な橋だった・・・」
蓮杜が遠くを見つめ、少し悲しそうに言った。
今は全体に錆が浮き寒々しい赤色をしているその橋を二人は再び歩き始めた。

廃病院に着いた二人は正面玄関から中に入り階段を上って最上階を目指した。
戦争が始まってからは野戦病院として使われていたこの病院にはいたるところに医療器具やベッド
点滴の薬を吊るす支柱などが散乱している。

最上階の廊下は窓ガラスが割れて床に飛び散り歩くたびにパリパリと音を立てた。

そして

最上階の一番左端の部屋の前に二人は立った。
蓮杜がゆっくりと手を伸ばしドアを開けた。

外から吹き込む風に乗って血の匂いが二人を包む。
部屋に入った二人が見たのは血だまりと旧式の狙撃銃を持った一人の老人だった。
ボロボロのレインコートを着た老人は顔を撃たれて元がどんな顔だったかさえ判別できなく
なっている。二人はしばらくそこに立っていたが
蓮杜が思い立ったように老人のポケットを漁り9枚の認識票と日記のようなものを取り出し
9枚の認識票のうち2枚を選び後は老人に返した。
認識票は言わば敵を倒した証だ。戦果報告も認識票を見せた方が手っ取り早い。


「なぁそれなんだ?」
秀介が蓮杜の持っている日記のようなものを指差して言った。
「多分、日記かな」
そういうと蓮杜は日記を開き最初のページに目を通した。
「なんて書いてある?」
秀介が尋ねた。蓮杜はしばらく読んだあと
「どうもこの橋を監視する任務に就いたときから書かれてる。読むぞ」
そういうと蓮杜はゆっくりと日記を読み始めた。

「私は多分この任務中に死ぬだろう。上官からは敵に橋を渡らせるなと命令されているが
正直私一人では足止め程度にしかならないだろう。しかし私には3人の孫がいる。それはとても
可愛い孫たちだ。もしあの孫たちが一日でも長く安全に過ごせるなら、私がここで戦い
例え死んでも敵を足止めする一日には意味がある。私は戦う。私の大切な家族とその宝を守るために。」

しっかりとした字で綺麗に書かれたその日記には彼―そう老人の強い決意がまだ生きているようだった。

読み終えた蓮杜はパタンと日記を閉じ、老人の胸の上にそっと置いた。

「もう行こう」
蓮杜が疲れたように言った。
「そうだね。帰ろうか基地に」
そういって部屋の窓を閉めようとした秀介を蓮杜が制止した。
「そのままでいいんだ。そのままで・・・」
すでに廊下に出た蓮杜がつぶやくように言った。
「そうだね・・・ここは景色もいいし・・開けておこうか窓」
その開け放たれた窓からは寂しげな町並みと中央を流れる川そしてそこに架かる例の橋がよく見えた。

二人は宝箱を閉めるように部屋のドアを閉じ病院を後にした。

雨が降る帰り道再び橋の中央で蓮杜が立ち止まって言った。
「なぁ俺達なんの為に殺すんだろうな・・・」
そう言った蓮杜のまだ少し幼さが残る横顔は雨に濡れて泣いている様に見えた。
「分からないよ、そんなこと。 たださその答えを知るためには今日を生き延びるしかないじゃないか」
秀介がそういうと蓮杜は
「なるほどね・・・」
とつぶやき再び歩き始めた。



空には重く暗い鉛色の雲が敷き詰められ、そこからは二人を呪うように冷たい雫が零れ落ちた。


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