小説『とある世界の主人公達(ヒーローズ)』
作者:くろにゃー()

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 市元荒波と野生的少女の戦闘は、静寂をBGMとした闇夜の旋律を乱すことなく行われている。荒波が好んであるスタイルの派手な爆音や発砲音。それらも音沙汰がなく、徒手空拳で時たま能力の発動で攻撃を回避しているだけだった。


 奪われた腕の回復に専念するためでもあるが、腕はもう既に回復しているため、その理由は当てはまらない。第三者的に理由の考察を施すならば、少女を無傷で戦闘を終わらせる事が目的だろうか。

 だがそのハンデは不利な状況を招いた。

 少女の能力は「肉体硬化」鋼のような拳は人間の肉体程度なら余裕で四散する彼女を前に、殺さずの戦闘など夜春の友人である美しい僕っ子:池丸にしてみれば無茶無謀と言う奴だ。いくら肉体の構築が可能な市元の能力を持っても、永遠の使役が約束されているわけもない。いつ可能が摩擦を起し、限界値に達する。彼女が拳と市元の演算、このジリ貧を征するのがどちらなのか、一目で瞭然と言う奴であろう。
 
 さらに野生的少女の『強さ』はそれに終わらなかった。

 それはミサカクローン達の表情と全く同じ、人工生命体のように感情の欠落とトラや狼のように四足歩行で移動。人間の要素を二つも抜けた少女はキメラよりも変体的であり、凶暴性の強大さがあった。

 『絶望』

 そんな状況で、市元は葛藤に苦しんでいた。

 市元荒波はこの野生的少女に見覚えがある。それはもっと表情豊かで二足歩行を覚えていた少女であるが、顔つきや実験服に身を包んだ要点を掴んでいる所を考慮すればそれは間違いがない。

 天筒天秤(あまつつてんびん)それが市元の記憶の中にある少女の名前。

 市元は少女の腹に拳を入れた。それ自体に手加減は少なかったが、失神による戦闘不能なら傷のうちに入らない。

 が、野生的少女にそれは通用しなかった。彼女の肉体硬化の前では、裸の拳などコンクリートに右ストレートを入れるのと大差がない。勿論、市元の拳を組み立てる骨にひびが生じた。

 だがそれに市元は怯まない。彼は腕を切断されようが内臓が弾け飛んだところで能力ですぐさま回復し、その痛みも彼が作り出す特殊な脳内麻薬によって精神を安定させる。 能力が全快のときは不死身で無敵のような男である。すぐさま骨のひびを回復させ、野生的少女の放つ拳を回避する。

(腹が無理なら脳に直接ダメージを与えれば!)

 市元の拳が野生的少女の顔面に炸裂する。しかも今回は大気をアーマーに変換し野生的少女の顔面の硬化を相殺させた。

「がっ!」

 脳が捻られ、口内の唾と肺の空気を大概に放出させた野生的少女の矮躯は市元の拳一発分の攻撃に耐え切れず二、三バウンドしながらコンクリート道路を駆けていく。  
 
「……気を失ったか?」

 願うように呟くと少女の体は痙攣する動きを見せる。死を見せるほどの力を入れていないので生死による問題は考えなかったが、それでも思春期である少女の体に後遺症の残るような傷を入れたくはない。 

 が、野生的少女は起き上がった。

「!!」

 市元は恐怖と驚愕の混濁に苛まれた。脳にダメージを負ってまで立ち上がるのは根性などでは説明出来ない何かが、もっと現実的で恐ろしい組織的な陰謀がそこに考察出来た。

「まさかこいつ、あの忌々しいマッドサイエンティストが言っていた実験兵器……」

 特殊な薬物で実験体の精神を狂わせ、銃弾を浴びても死ぬまで動き続ける非人道的兵器。勿論非合法的に生み出されたそれは凶暴性は抜群だった。

「予定変更。玉砕覚悟の決死の突撃と行きますか」

 野生的少女の突撃を合図に市元は体全体を大気に晒すような体制にした。

 野生的少女は考えない。銃弾を浴びても刃に斬られても爆発に巻き込まれてもトラック轢かれても拳で貫かれても上空100mから落下してもマンションの下敷きになっても、動き続ける非人道的兵器は動き続ける。例えそれが死ぬ寸前であっても、活動不可になるまで動き続ける。

 が、盲点はあった。

「ぐ、が、」

 野生的少女は顔面蒼白で倒れた。

 そしてそれを見送る市元もおよそ健康的とは言えぬ色を持つ顔面で、言葉を繋げていく。

「酸素の濃度を、一瞬だけ7〜10%にした……余裕で……呼吸停止になる。……待ってろ……すぐに戻す」

 が、有限を実行させる気力のない彼はそのまま倒れた。激しく静かな戦闘後に酸欠を起したのだ。動く事は勿論、頭痛で演算をする程の集中力はもうない。

 だが彼はほふく前進で野生的少女に近寄り、頭を撫でるように触れると演算を開始させた。それは市元の安堵の息が聞こえるまで、何分も続いたと言う。
  

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