8, 復讐のわけ
「こ、殺したって……………」
「あの馬鹿があたしに命令しようとしたから
ムカついて殺した」
涼しい顔であっさりと答える香に対して
真っ青になって後退する、夏が言う。
「な、な、な、……………あなた……………
さ、殺人鬼なのぉぉ!??? 」
香は眉間にしわをよせ、不機嫌そうな顔をした。
「あのなぁ、殺人なんて古臭い言葉、使うんじゃないよ」
「ふ、古臭い…………!!?? 」
「今の未来じゃ、人なんて簡単に死ぬし、簡単に生まれてくる。
一つの国でも、1日に何百という人間が死に
そしてまた、何百という人間が生まれるのさ」
「き、気持ち悪…………」
「気持ち悪いとはなんだ。
それに未来じゃ、今の地球人口の3倍近くの人間がいる。
人を一人殺したくらいで、何の罪も問われやしないのさ」
「何それ、あんまりだ……………」
「だからあたしは、そんな人間に嫌気がさした。
もう、うんざりなんだよ。
あたしがなぜ復讐なんかするのか、分かった? 」
「う〜ん…………」
「チッ、物分りの悪いやつ」
香はそれだけ言うと、また設計図に目を戻した。
(でも、香も人を殺してちゃ、そんな人間と同じになっちゃうのに………)
夏は心の中でそう思ったが、声には出さなかった。
(つまり、こういうこと?
香のいた世界は、人間が地球を支配して
ロボットがそのために忠実に動く世界。
人を殺しても、何の罪にも問われないような、そのおかしな世界に
嫌気がさした香が
人間に復讐しようとたくらんでる。
で、その復讐計画の重要なアイテムになるのが、<ZOAR>ってわけね。
でも、香のいた未来の世界では<ZOAR>の設計図がない。
困った香は、設計図の完成したころの
過去の自分のところへ来た。
助手も死んだから、その<ZOAR>の研究を
あたしに手伝えっていう…………………そういうこと)
(何か引っかかることは多いけど、まあいいか)
夏は実際、この人が本当に未来の自分かというところにも
いささか疑いの目を当てていた。
しかし、未来へ行けるのだという期待から
その思いは封じることにしたのだ。
「香夏、香ちゃん、ここにご飯置いておくからね〜」
ふと、扉の向こうから母の声が聞こえた。
階段を下りていく母の足音がすると
夏はそっと、扉の奥から夕飯を引き出す。
そこには、暖かな親子丼の入ったどんぶりが二つと、
綺麗に8等分されたリンゴがのせてあった。
「ほら香、今は未来のこと考えずに、食べようよ! 」
夏はそう言って、親子丼を香の方へ差し出した。
しかし香は、器をとろうとしない。
さらにぼそりとこんなことを言った。
「未来じゃ、そんなご飯なんて食べない」