10, 出発前夜
香は、全く同じカプセルをもう一つ取り出し、夏に差し出した。
「ほら、夏もこれ飲みな。
そんなどんぶりばっかり食ってるから、不健康になるんだよ。
あたしなんかもう、ずっと風邪一つ引かないぞ」
「えっ…………あの………」
「そんな怯えるなよ。味なんてしないって」
言われるがままに、夏は栄養補給カプセルを一つ受け取った。
透明のカプセルの中でうごめく、緑の液体。
見ているだけで気分が悪くなる。
「ちょっと香………………ほんとにコレで? 」
「ああもう! つべこべ言うな、さっさと飲みな!! 」
そしてグッと口に無理やり押し込まれた。
その衝撃で、本来胃で溶けるはずのカプセルが
夏の口の名ではじけとんだ。
「まずぅぅぅっっっ!!!!!!!!! 」
そう、たまらなく苦くて、たまらなく辛い。
これが未知の味という奴だろうか………
ドロドロと、口の中でうごめくような触感。
鼻を劈くような激しい臭い。
最低最悪の味だった。
その横で、何食わぬ顔でカプセルを飲み込む香。
「そんなにまずいか?
味なんかしないだろ?? 」
のん気そうに言う香に対して、夏が叫んだ。
「うるさぁぁぁい!!! アンタどうせ味が分かんないくせにぃぃ!! 」
「………………クスッ――――――」
香が小さく微笑んだ。
「何がおかしいの!? ありえない、ありえないほどまずい!! 」
「いや、“あっ、あたしだな”って思っただけ」
「意味分からない!! うわ、まずっっっ! 」
あまりの味に耐え切れなくなって、側にあった親子丼を一気にかきこんだ。
「おいおい、あのカプセルは栄養補給って言ったじゃん。
そんなもの追加で食べたら、どうなると思ってるの? 」
声は素気ないものの、表情は完全に夏を小ばかにしている。
「うるっさい!! だってまずい、まずいもん!!! 」
涙を流しながら、香に必死に訴える夏。
それを見た香は、うっとうしそうなしぐさをする。
「はいはい、分かった分かった。
いい加減黙れ、明日は早いんだから、さっさと風呂に入って寝よう。」
「う、うん…………」
香の、少し落ち着いていた表情が消え、
またあの殺気だった鋭い目に戻った。
「復讐……………しないと―――――――」
夏は慌てて話題をそらそうとする。
「あ、あ、あのさ、香。
未来へ戻ったら、まず始めに何をするの? 」
「?ZOAR?の製造だ。
数を大量に生産する必要があるから
ひとまず生命エネルギーの採取からだな。」
「そ、そっかぁ…………」
あいまいに答えた夏だったが、香の方をちらりと見る。
「いいか夏、あたしらは人間、人類を敵に回して戦うんだ。
それ相応の覚悟をしていろ――――」
「う、うん」