11, 明けない夜の中で
目が覚めた時、まだあたりは暗く
家の中は不気味に静まりかえっていた。
夏は香に揺り起こされ、ふと起き上がった。
「…………ん…………あ? 何、香ぃ? 」
枕もとの時計は、午前3:30を差している。
「起きろ、出発するぞ」
「え? 出発って、まだ3:30じゃない!
寝ぼけないでよ」
ぼんやりとした視界の中に、白衣姿の香が映る。
「馬鹿、寝ぼけてなんかない。
外にタイムマシンを用意してあるから、着替えてさっさと乗り込め」
「ちょっと……………香! 」
夏の声など聞きもせずに、香は部屋を出ていった。
言われるがままに、夏は急いで服を着替えた。
昨日の栄養補給カプセルの味が、まだ舌に残っている。
未来ではアレしかないのかと思うと
今でも寒気が走った。
ふと窓の外を見ると、まだ日の光さえ見えないような
深い闇が辺りを覆っていた。
物音一つしない暗がりの町には、人の気配が全くない。
夏は、これから未来へ発つというのに
どうにも乗り気がしないのであった。
家族を起こさないように、静かに階段を下りて玄関へ向かう。
夏の手には、<ZOAR>の設計図がしっかり握られていた。
家を出ることが、こんなにも名残惜しいと思ったことはない。
何度も何度も振り返りながら、ささやくように言い残した。
「大丈夫、大丈夫。ちょっと研究のお手伝いしたら
直ぐに帰ってこれるんだもん。
もしかしたら香だって、ダメだってあきらめるかもしれないし!!! 」
そうやって、ありったけの勇気を振り絞り
玄関を降りた。スニーカーの紐を結ぶ手が、微かに震えるのを感じる。
「未来に行けるなんて、あたしはなんて運がいいんだろう!
帰ってきたら、友達みんなに自慢しなくちゃ!!! 」
強がる心のまま
夏はゆっくりと玄関の扉を開けた。
もう、振り返らなかった。
明け方前の、冷たい空気が肌を刺す。
夏はグッと身を縮めた。
手の中の設計図が、はたはた風になびくのを感じながら
目の前に待ち受ける“タイムマシン”へ歩み寄った。
暗がりをまぶしいまでに照らす、船体。
異様な形をしたその“タイムマシン”の中で
相変わらずタバコを吹かす、香の姿を見つけ夏は大きく手を振った。
それに気付いた香は、無愛想に片手を挙げる。
そしてクイックイっと「下」を指差した。
夏が首を傾げながら、タイムマシンの下の方に目をやると
中からゆっくり階段が現れた。
まるで銀色の鉄で出来ているような、硬い階段だった。
夏はそれに吸い寄せられるように乗り込む。
「はやく上がって来い」
上の方から、香のそう叫ぶ声がした。
「香っ…………! 」
「さっさとしな。出発の時間が遅れるだろ? 」
「分かった! 」
夏がタイムマシンへ乗り込むと同時に
伸びる階段が一気に縮小され
船体の中へと折りたたまれる。
その速さ、なんとわずか0,12秒らしい。(香の証言では。)
「さぁ出発するぞ。いいな夏」
香が色鮮やかなスイッチやレバーを握ったまま
背中越しに叫ぶ。
「いいよ、行こう」
夏の声とともに、タイムマシンの船体が
一気に浮上した。