「よし、そうと決まればさっそく行くぞ」
香が勢い良く机から立ち上がった。
「ちょっとまってよ! 今日はもう遅いから、明日にしない? 」
夏は窓の外を指差す。
確かに、もう日はすっかり傾いて、辺りを真っ赤に染め上げている。
「何でよっ!? あたしには時間がないって言わなかった? 」
「でも…………急いだって何も変わらないよ。でしょ??
今日はあたしの家に泊まっていいから…………どう? 」
夏はおそるおそる香に尋ねた。
「――――――別に。どうせ自分の家だし」
「あ、……………そだね――――」
苦笑いを浮かべ、夏が答えるのを見て、ふと香は言った。
「なんかさぁ……………アンタ見てると、緊張感が萎える」
「へっ!? あたし? 」
「そ。なんか急いでた自分が馬鹿みたいでさ」
「そんなこと言われても………………」
「アンタがあたしだなんて、まだ自分でも疑っちゃうもの。」
「………………………ごめん。」
夏は、ペコリと頭を下げて謝る。
すると香がフッとほくそ笑んだ。
「別に、アンタに謝られても困るしね。
ただ、あたしにもアンタみたいな時があったんだなぁって
しんみりしただけ。
今のあたしは、アンタと大違いだからね」
「それあたしのこと、けなしてる? 」
「違うって」
「何が言いたいのよ? 」
「何でもないさ。忘れろ」
「? 」
白衣に手を突っ込んだまま、どこか遠い窓の外を眺める香は
まるで何かを懐かしんでいるようだった。
香の、長いベルベットのような髪が、窓からの隙間風で
少しだけ揺れる。
夏と全く同じ香の目に、夕暮れの光が差し込んでいた。
二人の沈黙を破ったのは、夏だった。
「ねぇ香、家についたら、朝まで未来の話してよ? 」
「はぁ? ぜったい嫌」
「どして!? 」
「めんどいじゃん」
「いいでしょぉ! 同じ自分なんだから」
「黙れ。ほんとなれなれしいな。
あたしのほうが年上だっての!!!
まぁいっか、さっさと家に戻るぞ」
「うん」
そう言って、二人は教室を後にした。