小説『遮蔽』
作者:たまちゃん(たまちゃんの日常サタン事)

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もう、10年以上も前になるが、
僕はイタチと出会う前…

小林節菜という恋人がいた。。。
色白だったけど…夏が似合う娘だった。

暑い夏だった。

悪い癖で、テーブルに、つきっぱなしのヒジが痛い。
その街に住んでいる彼女に会っていた。

その店の冷房は、ガタガタと音をたて、
それでもなんとか冷気を吐き出していた。

天井に掛かった安っぽいシャンデリアが
その風で、チラチラ揺れていた。

「直也・・・ここは、どう?」と訊かれ、

初めは彼女の質問の意味が解らなかったが、
この街の事だと思い…

昨日来たばかりなのに、
好きだと答えた。

僕らは遠距離恋愛だった。

いつもは節菜が僕の街に、
もしくは全然別の街で待ち合わせしていたから、

僕がこの街を訪れるのは、初めてだった。

まだ、たった一日しかその街を歩いていなかったけれど…
好きだなぁと思ったのは本当だった。

そういうことって、ごく稀にある。

よく知らない場所や人。
つまりは、僕にとってのこの街と、彼女。

理由を説明しろと言われると、言葉に詰まるのだが…
何かがピッタリきた、と言うしかない。

一目惚れというのもなんだか照れくさいが。。。
不思議な感覚。

「何ちゅうか・・・何もない贅沢、何もしない満足って感じ?」

「うん。でもそういうのって・・・なんか、イイよね!」

もうどれくらいこの店にいるのか。
話している時間より、話していない時間のほうが長かった。

節菜は店の外を眺める。


Yシャツが汗だくの青年


日焼けした足の女子高生


ボロボロのデニムの男性


半ズボンで走り回る子供


そして僕は、
そんな彼女の横顔を見てる。

「・・・うん?」

にこにこと笑う顔をみると、何故だか僕は、目を伏せてしまう。

「あのね、直也・・・」

午後5時20分という、ものすごく中途半端な時間。
カフェの客は途絶えて、店員も暇そうにしている。

彼女は突然、話し始める。

「あのね、あれ・・・風船の歌って、知ってる?」

「ん?えっ?何それ、知らない。」

「あのさ、二人の間に風船があってさ、
それを割れないように・・・飛んでかないようにって、歌!」

僕は、目の前の彼女との間に、風船を想い描いた。

確か、聴いた事はあるはずだったが、もう歌詞は思い出せないし、
音程もふわふわしている。少し難しいメロディーだったか?

夕方の街は、

まだ暑くて

埃っぽくて

やっぱり暑い。

街全体が濃いオレンジ色の様にユラユラしている。
節菜は氷の溶けたカフェラテを、ストローでぐるぐるかき回し続けている。

そのあとも僕らは、何気ない話をボツボツ話した。

彼女が、駅まで一緒に歩いてくれた。
ぴらぴらと小さな手を振る。

「じゃあ!おやすみ。。。」

「・・・ん!」

帰りの電車の中で、
彼女と一生ここで暮らせたらいいなぁ・・・と、本気で思った。

そして、あの風船の歌。

二人の風船は、
割れることもなく、飛んでいくこともなかったのか?

そのあとの物語。。。

知りたいと思うときもあるけれど…
やっぱり知らないでいいと思う。

たとえ何もなくても、
何もしなくても、現実はリアルに続いていくのだから。。。





それから暫くしてからだった。





彼女の訃報を知った。

事故で即死だった。





生きるとは何か?

私に誰も問わなければ

私はその答えを知っている。

しかし、

誰かに問われ

説明しようとすると・・・

私は

生きるとは何かを知らない。

-4-
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