が、その表情がすぐに思案気にかわる。
「あの、かなり出血なさっているようですが、病院へ行かなくても大丈夫ですか?」
いくら雨で洗われたとはいえ、雄也の衣服には大量の血液が付着していた。
抱えた籠の中からむせ返るような血のにおいを感じて彼女は心配になったようだ。
「出血はもう止まってるから大丈夫だよ。」
雄也は努めて明るい声を出した。
しかし、彼女の心配そうな表情を深めて視線を落とす。
ほんの少しの静寂の後、ふいに彼女はまっすぐに雄也を見る。
瞳に光は宿っていなかったが、精一杯の真剣さのこもった顔で雄也を見つめた。
「お疲れだとは思うのですが、ほんの少しだけ、私のお話を聞いていただけませんか?」
雄也は肯く。が、その行為は彼女には見えないと思い直し口を開く。
「もちろん、かまわない。それに疲れてもいないから気を使う必要もないよ。」
彼女はほっとしたように頬を緩めるが、すぐに表情をひきしめる。
おずおずといった感じではあったけれど、真剣な彼女の事を、少しだけ最愛のあの人に似ているなと雄也は思った。
「信じていただけないかとは思うのですが、昨夜、少し早めに眠ろうとベッドへ入った私のところに、天使様がいらっしゃったのです。」
雄也の脳裏にVサインをしたアナトの姿が浮かんだが、すぐさま思考の隅へ押しやる。
「そして、明日の夜分に傷ついた男が一人尋ねてくるから、その人を助けてやれっておっしゃったんです。」
雄也は天を仰ぎ見た。
(こんなお膳立てをしておいて、何が『天使が現れて恋愛をしろと言った』と言えば素直に恋愛してくれるだ、あのエセ天使め…。)
ここにアナトがいたなら、でっかいたんこぶをこさえてやりたい気分だった。
そんな雄也の気配を感じて、疑いの態度かと思った彼女は慌てて付け足してくる。
「わっ、わたしも、そのまま眠ってしまって気がついたら朝で夢だったのかと思ったし、弟達に話してみたら 想像力が一段と豊かになったね
なんてバカにされるしっ…。」
一気にまくし立てる彼女の口調は、最初の丁寧な言葉遣いから、年相応の砕けたものへと変わっている。
自分でもそのことに気付いたのか、気持ちを落ち着けるために深呼吸をした。
それから、続きを話そうと開きかけた口から小さな苦笑がもれる。