「ごめんなさい。お客様の前だからって一生懸命お行儀よくしなきゃって思ったけど…、普通にお話しても、いいかな?」
はにかんだ彼女につられて、雄也の口元にもかすかな微笑が生まれる。
それは、本当に微かなものだったけれど、二人の距離が縮まった最初の一歩だったかもしれない。
「俺も普段どおりに話すから気にしなくてもいいさ。」
「うん。 ありがとう。…それで、緊張してたからつい聞きそびれてたんだけど…。」
雄也はふと思い至った。
「あぁ、そうか。俺も緊張してたからかな?」
雄也の軽口に彼女が「くすっ」っと笑う。
「俺は相澤雄也。」
「私は東雲美咲。名前のほうで呼んでくれるとうれしいな。」
「…みさき …ちゃん?」
女性を名前で呼ぶ経験をしたことがない雄也は、こそばゆいぐらいの恥ずかしさに、耳まで赤くなる。
「あはっ。じゃぁ、私は雄くんって呼ぼうかな。」
「す、好きに呼んでくれてかまわないから。」
早鐘のように高鳴る動悸を押さえつけながら雄也は思う。
(どうして彼女はこんなにもあの人に似ているんだろう?)
最愛のあの人も、雄也のことを「雄くん」と呼びながら笑顔をくれた。
その頃の幸せの片鱗が、知らず知らずのうちに雄也を本来の姿へと戻していく。
「それで? もし、その天使が俺の知っている天使と同じならその先も何か言ったと思うんだけど?」
美咲は驚いたようだったが、すぐに信頼を得た子供のように嬉しさに満たされる。
「雄君は信じてくれるのね。」
「あぁ、俺もさっきまで天使にあってたからね。」
胸中でどう見ても小悪魔みたいだったけどねと付け足す。
「俺のほうの話はとりあえず後でするとして、美咲、ちゃん …なんか言いにくいな。呼び捨てでもかまわないか?」
「うん。」
「じゃぁ、美咲の話からしてくれる?」
「えっと、どこまで話したっけ? …そうそう、怪我をした人が尋ねてくるってところまでだったよね。」
「ああ。」
「それでね、私はこれから命を狙われることになるけど、その人 …雄君の事だから …雄君が私のことを守ってくれるって。 それから、それは40日間で終わるけど、その間に…。」