そこまで言って美咲の顔が熟れたトマトのように真っ赤になった。
「それで、あの、その、…40日の間に、こ、こ、こっ、こ、」
「こ?」
「恋人同士になれっていわれたのっ!」
雄也には、アナトがウインクしながら親指を立ててこぶしをぐっと握るしぐさがはっきりと脳裏に浮かんだ。
「その天使の名前はアナトって言わなかった?」
美咲は真っ赤になったままこっくりと肯いた。
「俺もね、同じ事を言われたんだよ。」
ますます赤くなってうつむいてしまう美咲。
雄也は美咲を守るには出来る限り傍にいた方が良いと思ったが、どうすればうまく説明出来るかが解らない。
こうして誰かと話をする機会がほとんどなかった雄也は、とても口下手なのだ。 が、いつまでもそうしていても仕方がないので、率直に告げることにする。
「俺は、俺の事情で40日間美咲を守る契約をした。その、恋人うんぬんってのはそうした経験がないから俺にはよくわからないんだが、これから40日間、俺は君を守らなければならない。だから俺をここへ置いてくれないか?」
美咲は飛び跳ねるように雄也を見た。
相変わらずぼんやりとした瞳の奥にほんの少しだけ、ちらちらとした輝きを宿して。
「私もね、こんなだから恋愛とか、恋をした経験がないの。 だから、正直この人と恋人になりなさいって言われてもよくわからなかったの。 でもね、命を狙われてるって言われたときはすごく怖かった。」
美咲は震える身体を押さえるように両腕を抱く。
「それは、誰だって怖いと思うさ。」
「あのね、私が死ぬ事が怖いんじゃないの。 もちろんそれも怖いとは思うんだけど、私のせいで子供たちが巻き込まれることや、私が死ぬことによって、残される子供たちのことが心配でたまらなかったの。」
この孤児院には、新たに孤児を引き取ることはないが、以前の神父が引き取っていた子供が、まだ三人残っているらしかった。
「だから、できるならその子供たちの事を守ってあげてほしいの。」
唇をかみ締め、雄也に真っ直ぐ顔を向ける美咲に、幼い頃、雄也をいつもかばってくれていた最愛の人の記憶が呼び起こされる。
本来なら、美咲を守るだけでいい。 だけど、雄也には子供たちを守ってくれと言う美咲の言葉が、最愛の人の言葉のように思えてならなかった。
「…わかった。 子供たち三人と美咲を必ず守る。 それが俺と美咲の契約でいいかな?」
その時の美咲の笑顔が雄也の心の中で、最愛の人と重なっていく。
「……ありがとう。」
その日、心から安堵したように頬を濡らす少女に、雄也は40日後にその少女の命が失われるということを告げることができなかった。
それはその時の雄也の、精一杯の優しさだったのかもしれない。
しかし、その嘘が、少女にとってもっとも残酷なものになるということを、雄也はこの時はまだ、知らなかった。