小説『アナト -眠り姫のガーディアン-』
作者:那智 真司()

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-第二章 小さな世界は壊れて-

「ぶっ!」

雄也が店に入るなり、初老の女性は飲みかけのお茶を吹き出した。

「ぶあはははははっ! その格好は何の冗談だい? まさかあんたが罪の意識を感じて悔い改めちまったとか?」

涙目になるほど大笑いすることもないだろう雄也は憮然としたが、ここへ来る途中に使った電車の中でも、奇異の視線に晒されていた事を思い出して嘆息する。

「茜さん、そんなに俺の格好は似合ってないかな?」
「あんたは優しげな顔をしてるから似合わないってわけじゃないのさ。 ただ、神様に一番縁遠いあんたが神父様のなりをしてるのがね。」

茜は話しながらも堪えきれず肩を揺らしていた。
何の事はない。雄也の服は昨日借りた神父服のまま、ここへ来てしまったのだ。

椿骨董堂。
名前の通り骨董品屋なのだが、品揃えは骨董品とは名ばかりのがらくたの山。
雄也はこの店に、自分以外の客を見たことがない。
ましてや、雄也に骨董品を買い漁る趣味もなく、ここへ来た目的はもう一つの商品である 武器・情報の調達の為だった。

雄也は普段から武器となるものを身につけていない。
暗殺に至る時ですら、自分で用意して移動するなんて事はない。
仕事の時は、決められた場所に決められた道具が用意してあり、使用後は指定の場所へ放置し、指定された逃走経路を進むだけだった。
だから、本来ならこうした店と関わりを持つ必要もなかったのだが、暗殺者になりはじめた頃、一度だけこんな事はしたくないと反抗した時、最愛の人の命の保証はないと脅されてからは、いつでもあの人を守り、組織から身を眩ませる為の準備をしてきたのだ。

この店の主人、椿 茜に出会ったのは、雄也が13歳の時だった。
今考えれば、世間的には中学生になったばかりの雄也の言葉を、よく真剣に聞いてくれてたと思う。 不相応なほどのお金を見せて銃を売ってくれという彼を疑うでもなく、今、雄也の腰に差してあるリボルバーを譲ってくれたのも茜だ。
最愛の人以外は全て敵という世界の法則に生きてきた雄也にとって、茜は数少ない 信用してもいい人の一人だった。

「んで? 組織と大立ち回りやった挙句、神父様に化けて何やらかそうってんだい?」
「さすがに情報屋。耳がはやいね。」

平静を装って軽口を返し、肩をすくめる雄也に何かを感じたのか、茜の目からからかいの色が消える。

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