雄也は慎重に言葉を選ぼうとしたものの、今までずっと茜にはそうしてきたように、真実のみを言う事にする。
「昨日、仕事に失敗して、あの人が死んだ。」
茜がはっと息を飲む。
それからほんの少しの間、気遣わしげな視線を向けていたが、さっと踵を返すと、店の奥の人の背の高さもある重厚な金庫の扉を開いた。
「こいつが預かってた物。」
少し大きめのジュラルミンケースをほうり投げる。
「こいつが偽造パスポートと身分証明書、その他。」
今度は茶封筒。
それらを器用に受け取り、すぐさま中を確認する。
「あと、用意して欲しい物があるんだ。」
「なんだい?」
「出来るだけ殺傷能力の低い拳銃と弾丸を200発。それとスタンガン。防刃性の高い薄手のシャツに照明の漏れないサイレントと防水機能のある携帯電話。」
言ったものが金庫の中からぽんぽんと投げ出されてくる。
全てケースの中にねじ込んでから、すぐさま拳銃の動作確認をする。
横目に茜を見れば「品揃えが豊富だろ?」と言いたげに胸をそらしていた。
「そうそう、その弾丸は少々値が張るけどいいかい?」
マガジンに弾丸をねじ込みながら茜の言葉に耳を傾ける。
「そいつは特殊な弾丸でね、殺傷能力はほとんどないのさ。 運が悪けりゃ逝っちまうぐらいさね。 ただし、一発で人を無力化出来るってシロモノなんだ。」
「どういう事?」
「威力自体はちょっと強力なモデルガン程度だけど、弾が当たった瞬間に電気を放出するのさ。 まぁ、遠距離用スタンガンってところさね。本来は猛獣捕獲用に開発された物だから一つだけ注意しなきゃいけない。」
「絶縁処理の施された衣服の上からは効かないって事か。」
「ご名答…。」
簡単に言い当てられて茜は少しむくれたみたいだったが、すぐに目元にニヤニヤがわいてくる。
「神父様にはピッタリの弾丸だろ?」
雄也はぐっと言葉につまり、ケースの中から几帳面にたたまれたシャツを抜き出した。
「着替えちゃうのか…。」
なぜだか残念そうな茜を尻目にそそくさと着替え、乱雑に詰め込まれたケースの蓋を閉じる。
「代金は俺の残額じゃ足らない?」
「その弾丸の代金は金じゃないんだ。」
「…?」
「それはテスト用に開発されたものだから、モニタリングが求められる。だからお前がもう一度ここへ感想をのべにくるのが代金さね。」
茜は暗に生きて帰ってこいと言っていた。 それを雄也は嬉しい思った。
(昨日から変だ。 あの人を失って哀しみしかないはずなのに…。)
雄也にとってあの人だけが全てであるのに、誰かの言葉が心へと届く事なんてないはずなのに。 だけど、ただ純粋に嬉しかった。
だから精一杯の感謝も込めて、浮かんだ言葉を口にする。
「…ありがとう。」
心からあふれてくる微笑みと共に。
付き合い始めてから初めて見せる屈託のない笑顔に戸惑う茜。
しかし、何かに思い至ったのか、ふっと優しげな眼差しになる。
「そうか。 お前をこの世界に縛り付けるものはもう、何もないんだな。」
雛鳥たちが巣立っていく、その時の親鳥の気持ちが少しわかるような気がした茜だった。