小説『アナト -眠り姫のガーディアン-』
作者:那智 真司()

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   ◆

『希望の家』に戻った雄也は扉の前に立ち尽くしていた。
ノックをするべきか、勝手に堂々と入っていくべきか。ただ、それだけを悩んで約15分間。
ようやく意を決してノックしようと扉に寄ったところで、中から凄まじい勢いで扉が開く。

寸でのところで身をのけぞらせて重い扉の一撃をかわすが、僅かに崩れた体勢を立て直そうと踏ん張った瞬間、中から腹部めがけて黒い何かが飛び込んでくる。
身体は反射的に半身にずれながら、その黒い物体の側面を掌手で打ち抜こうと反応しかけるが、頭のどこか冷静な部分がストップをかけた為に、ほんの刹那の時間だけ体が硬直した。
その僅かな隙を衝いて、黒い物体は雄也の腹部に直撃したところで動きを止める。
鈍い衝撃にわき腹の傷が痛んだが、雄也はなんとかその黒い物体を抱きとめた。

「こら〜。愛ちゃん! まちなさ〜い!」

ぱたぱたぱたっと足音を立てて飛び出してきた、今度は蜂蜜色の物体が雄也の胸に飛び込んできた。
跳ね返って後ろに転んではまずいと思ったので、そちらも抱きとめる。

「むぎゅう。」

おそらく愛ちゃんであろう黒い物体は、二人に挟まれてつぶれたようだった。


逃走に失敗した愛ちゃんこと、柳原愛子は、礼拝堂の裏手にある宿舎の食堂で、美咲の向いに座る雄也のひざの上に、それがさも当たり前かのようにちょこんと乗っかっていた。

「愛ちゃん? どうして雄く…、こほん。相澤さんのおひざの上に座ってるのかな?」

「?」

なぜそんな事を聞くのかわからないって感じでかわいらしく小首をかしげる愛子。

「そんな風におひざの上に乗ってたら、相澤さんにご迷惑でしょう?」

愛子はくりんと上を向くと、「雄也、迷惑?」と、聞いてきた。

「あ、いや、その…。」

子供と接することのなかった雄也は、どうしていいかわからず、すがるような目で美咲を見た。
さっきから愛子の言われるがまま、されるがまま状態なのだ。

「ほら、相澤さんも困ってるでしょう?」

「雄也、困ってないよね〜。」

「う…。その…。あの…。」

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