小説『アナト -眠り姫のガーディアン-』
作者:那智 真司()

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夕食後、あてがわれた部屋へ引き上げた雄也は、今朝がた受け取ったジュラルミンケースの中身を確認がてらに整理していた。

約3日分程の着替えは部屋に据付けの簡素なクローゼットへ、三丁ある拳銃の内、実弾の装填されたものは鍵の架かる引出しに予備弾丸と共に几帳面に並べてしっかりと施錠する。

殺傷能力ゼロの拳銃は予備のマガジンにも弾を込めて、携帯しようか散々悩んだ挙句、取り出し易い引出しにしまいこんだ。 念のために、鞘付の短刀のような形状のスタンガンだけを身につけておく事にする。

(もしも拳銃を持ち歩いてるなんて分かったら、愛子達が恐がるかもしれないからな。)

茜に襲撃の計画があったら事前に情報をもらえるよう手配はしてある。

元暗殺者の経験からいって突発的な急襲はないだろうと予測していた。 それでも気を抜くつもりもなく、宿舎の間取りを細部まで記憶し、自分が襲撃側だったらどう攻めるかを幾通りもシュミレートする。 そして、予測される侵入経路やポイント毎に皆が寝静まった後にトラップを仕掛けるつもりでいたのだ。

整理しながら浅い思考を繰り返す雄也の指が、冷たい金属に触れる。 いぶかしみながら細やかな鎖のついたそれを持ち上げて目の前に掲げる。

(そうか、このケースに入れておいたんだな。)

それは、最愛の人がくれた小さな銀の十字架だった。

  ◆◆◆

「これはね、私がこの孤児院に捨てられてた時に身に着けていたものなんだって。」

粗末なベッドに身を横たえて、あの人はそんな事を言ってきた。

「私はね、きっと、もうすぐ天使様がお迎えに来てくださると思うの。」

天使様なんて本当はいないんだとかぶりを振る雄也の髪を優しくなでる。

「ううん。ちゃんと、神様も天使様もいらっしゃって、私達のことを見守ってくださってるのよ。」

高熱の為、額いっぱいに汗をにじませ、苦しいはずなのに雄也に笑顔を向ける。

「だからもし、私がいなくなったとしても、天使様と一緒に雄也を見守る事ができるように、これをずっと持っていてほしいの。」

そう言いながら、その十字架を、幼い雄也にそっとかけて、つぶやくように祈る。

「どうか雄也が幸せでありますように。」

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