小説『アナト -眠り姫のガーディアン-』
作者:那智 真司()

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「由紀ちゃん、照れてるんですよ。」

くすくすと笑いながら美咲が教えてくれる。
雄也はほっとして立ち上がった。

「雄君は、不思議だね。」

「…? どうして?」

「その人の、一番欲しい言葉を知ってるみたい。」

私の時もだったし、とボソッと付け足したけれど、雄也にはよくわからなかった。

「さっきのは、 …受け売りだよ。 それに、彼女が落ち着いたのは俺じゃなく、美咲の声を聞いたからさ。」

「そんなことないよ。私には見えないけれど、さっきの雄君は天使様みたいだった。」

「神父見習いから天使なんて大出世したみたいだけど、あいにくと俺はそんな上等なもんじゃないさ。」

自分の軽口に苦笑して肩をすくめて見せる。
見えていないはずの美咲は、そんな雄也の態度を気配で察したのか、くすくすと笑う。

「ほら、今日は彼女と寝てあげるんだろう? もう遅いから戻りなよ。」

美咲は素直にうんと肯くと自室前まで行って振り返った。

「おやすみ。雄君。」

それが就寝前の挨拶だと思い出して雄也は表情を緩めた。 心が無防備になる。
きっと美咲の暖かな抱擁が心に残っていたからかもしれない。

「おやすみ。」

そう言った雄也の顔は穏やかな笑みをたたえていた。

 ◆

自室に入った美咲は不思議な幸福感に包まれていた。

(雄君が笑ってくれた…。)

眼が見えていたわけではないので確証はない。

(でもでもっ、きっと、きっと笑ってくれたんだ。)

ただ、それだけで無性にうれしくなったのだ。

(雄君はわからなかったみたいだけど…昨日、天使様を見たことを信じてくれた時だって、すごく嬉しかったんだから。)

美咲も夢だと思った。 だけどそれと同じだけ本当だとも思ったのだ。

(だって、天使様は本当に見えたんだもの。)

そう、その眼には光と闇しか映らない。
その瞳にアナトは絶対的な存在感をもって映っていたのだ。

(やっぱりあの天使様は本物で、その天使様が引き合わせてくれた雄君は …運命の人?)

そんな考えに浮かれて キャーっと身悶えする美咲に冷たい声がかけられる。

「美咲姉さん、もぞもぞしてないで早く寝なさい。 明日も早いんだから。」

「…はい。」

しっかり者の妹にたしなめられて ちょっぴりしゅんとなる美咲だった。

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