小説『アナト -眠り姫のガーディアン-』
作者:那智 真司()

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  ◆◆◆

食堂へ降りた雄也を待っていたのは、ごく何気ない食卓の風景。
晃司が皿を並べ、美咲と由紀奈が料理を盛り付ける。 なぜか愛子が、雄也の着くはずの席の横で、神妙な面持ちをしながら自分専用の、いわゆるお子様プレートを持って立っていたがそれは置いといて、雄也はその光景を眩しいと思った。

「おはよう。」と声をかけ、自分の席へ着く。

「おはよう。 雄君。」

由紀奈の冷ややかな視線を感じてか、「雄君」と呼んでしまった事に気付いた美咲は、いたずらの見つかった子供みたいにぺろっと舌をだした。
どうやら気にしない事にしたらしい。
その間に、愛子はせっせとプレートを雄也の前に置き、膝の上によじ登っている。

「愛ちゃん、駄目でしょう? お食事はちゃんと自分の席で食べないと。」

たしなめられてもすましたままの愛子。

「おはよう、雄也さん。 愛は雄也さんが大好きなんだな。」

奥から箸をもってきた晃司に「大好き!」と元気のよい答え。

雄也は、表情には出さなかったものの、激しく戸惑っていた。
少し賑やかではあるものの、ごく普通の、ありふれた朝の光景。 先ほど眩しく感じたのは、自分には決して手に入れることはできないあたりまえの日常を羨望していたからかもしれない。
最愛の人とのごく普通の日々を望みながらも、それは決して叶うことはないとあきらめ続けてきた雄也。
それが今、最愛の人ではない誰かと欲してやまなかった日常の中にいる。
最愛の人はこの世を去った。
自分だけがかりそめとはいえ、幸せの中にいる。 そう、その中にいる自分が幸せだと感じていることに動揺していたのだ。

(これはあの人を取り戻すためなんだ!)

まるで言い訳するように自分に言い聞かすことで冷静さを取り戻そうとしていたが、そこでもう一つの問題点に至り、またも動揺する。

(こういう時、どうしたらいい?)

ありふれた日常を過ごしたことがないのだから、いくら考えても答えは出ない。
何かに祈るような気持ちで、胸に掛けた十字架を服の上から握り締める。

ふと、かすかに、あるはずのない答えが頭をかすめた。


「愛ちゃん。 雄君がお食事できなくなっちゃうでしょう?」

ほんの何秒かの僅かな時間、思考の中へ潜り込んでいた意識が戻ってくる。

ひざの上の愛子を見ると、雄也がご飯を食べられないと言われて、その小さな頭の中でう゛〜〜っと聞こえてきそうなぐらい葛藤しているようだった。

(そうだな、こんな時は確か…。)

雄也は記憶の糸を手繰るようにして口を開く。

「愛ちゃん。少しお行儀が悪いけど、そのお皿のご飯を、好き嫌いなく、ちゃんとこぼさないように食べられるなら、ここで一緒に食べよう。」

愛子はびっくりするように振り向いた。
愛子の兄と、姉たちも少し驚いたように雄也を見ている。
そして、それから先の愛子の反応も、雄也には見た事があるかのように分かっていた。

「うんっ! ちゃんと全部食べるよっ! こぼさないようにもするっ!」

そう言って、小さな花びらが開いたような満面の笑みを浮かべた愛子。
その頭を優しく撫でてやる。

「愛、よかったなっ。」

晃司も少し乱暴に愛子の頭をくしゃくしゃした。
みんなの顔に、やわらかな笑みが浮かんでいる。

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