(難しいことじゃなかったんだな。)
昨夜もそうだった。
雄也は自分が幼い頃に求めていた事を、今は自分に求められている。
だから最愛の人がしてくれたこと、言ってくれたことをなぞらえるだけでよかったのだ。
幼い子供が自分に寄せてくる無条件の信頼は少しくすぐったかった。
(あの人も、こんな風に感じていたのかな?)
そう思うと最愛の人の気持ちに触れたようで嬉しくなる。
ゆっくりとだったが、雄也は最愛の人を手本に、日常に溶け込み始めていた。
◆◆◆
「いってきます。」
由紀奈が玄関を出掛かったところで、「まってまって!俺も俺も!」と晃司がランドセルを片手に走ってくる。
「いってきまーっす!」
元気な掛け声と共に、少しも待ってくれない由紀奈を追いかける晃司。
家を出て、最初の路地を曲がるところでようやく由紀奈に追いついた。
「なぁなぁ、由紀姉ぇはどう思う?」
「なにが?」
「雄也さんのことだよ。」
歩を緩めず、思案する。
「別に、なんとも思わない。どうして?」
「悪い人じゃないとは思うんだけど…。 神父様っぽくないだろ?」
「見習い神父様だからじゃない?」
「そりゃそうなんだけどさぁ…。 やっぱりあれかなぁ。」
由紀奈はなんとなく晃司の言いたいことは分かった。
「さあ? 見習い神父さんが美咲姉さんの恋人だったとしても、私たちが口出しする事じゃないでしょ?」
「でも、咲姉ぇってどんくさいし、悪い男にころっと騙されそうじゃんか。」
由紀奈はゴンっと晃司にゲンコツを見舞う。
「いてっ。」
「美咲姉さんをそんな風に言わないの。 まったく。」
それでもなお、「だってさぁ〜。」と食い下がる晃司にため息をついた。
「いいこと? 美咲姉さんが誰を好きになろうと、それは私たちが口出しをする事じゃないの。 もしも、あの見習い神父さんが美咲姉さんを騙したり、泣かしたりしたなら、その時に私たちが守ってあげればいいんだから。 わかった?」
晃司は痛む頭をさすりながらコクコクと肯いて、
「あっ、やべっ。 俺、朝練あったんだ! 先行くよ!」
そう言いながら走って行ってしまった。
(まったく、我が弟ながら、単純というか、単細胞というか…。)
由紀奈はまた、ため息をついた。
(女はね、恋をしてしまったら、相手がどんなに悪いやつでも、どんなに頼りなくても愛しいと思ってしまうものなのよ。)
だから、自分たちにできる事は、せいぜい、失恋したときになぐさめてあげるぐらいだろうなと、まだ一度も恋をしたことがない由紀奈は思うのだった。