小説『アナト -眠り姫のガーディアン-』
作者:那智 真司()

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それに加えて、雄也には幾層もの壁みたいなものを感じる。
常人ならば襲撃を警戒しているいわば気のようなものと捕らえるかもしれないが、人とは感覚の違う美咲は、その壁を明確に感じることができるのだ。

まず、雄也を包むようにして一番目の壁がある。これは雄也が進入を拒むかのように内側からにじみ出るようにあり、時には見えなくなることもある。
そして、それを包むようにして二番目の壁があり、これはいかなる時も消えることはないように思える。
三番目と四番目は常に一定の間隔をあけ、その間に美咲たちを挟みこんでいた。
最後は美咲が知覚できるぎりぎりの場所にあり、もしかしたらそれ以上の壁がその向こうに広がっているのかもしれない。

(雄君は、あの二番目のうっすら光っている壁以外のがなくなると、信じられないぐらい優しさがあふれてるんだよね。)

なんとなく、その二番目の壁に触れた昨夜のことを思い出す。
由紀奈だけでなく、雄也も抱きしめてしまったときのことを。

(あの時、雄君のことを守りたいって気持ちでいっぱいになっちゃったのよね。)

それから今朝のことを意識的に思い出してみる。

(雄君のひざの上に乗った愛ちゃんは、そう、昨日の由紀奈もだったけど、あの二番目の壁の、内側にいた…。)

洗濯物を干す手が止まるほどに、自分の想像の中へと入り込んでいく美咲。

(考えても、分かる訳…ないよね。 直接聞いてみる…とか?)

そして今度は、『どうやって聞こう』か悩みだす。
おかげで『考え事をしていると周りが見えなくなる』という典型的な見本になっていた為、当の雄也が近づいてきてることに気付けなかった。

「手伝おうか?」

「ひゃうっ!」

美咲は、素っ頓狂な声で、飛び上がらんばかりに驚いた。

「す、すまない。驚かすつもりはなかったんだ。」

美咲はドキドキ暴れる心臓を抑えながら首を横に振る。

「ごめんなさい。考え事をしてたから。」

恥ずかしさでいっぱいになりながらも、おろおろしているのであろう雄也を見ようと瞳を開ける。
痛くなるほどの眩しい光の中で、確かにある雄也の存在。

(どうしてこの人は私を守ってくれるのだろう。どうしてこの人は私たちに優しくしてくれるのだろう。どうして…どうして…どうして…。)

次から次へと雄也を知りたいと思う気持ちが溢れ出してくる。
聞けばきっと雄也は自分で理解できる範囲なら、ちゃんと答えてくれると思う。
さりげなく、子供たちに「今日の学校はどうだった?」と聞くようにすればと、意を決して口を開く。

「あ、あの…。」

「ん?」

「………。きょ、今日はお天気がいいから、洗濯物も早く乾くねっ。」

「そうだな。」

美咲は自分の意気地のなさに大きなため息が出る思いだった。

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