小説『アナト -眠り姫のガーディアン-』
作者:那智 真司()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

雄也は体中からどっと汗が吹き出るのを感じた。
確かにミスファイアの可能性はゼロではない。
だが、幾度もの死線をともに乗り越えてきたこの拳銃に、不発弾を紛れ込ませるほど自分の命を軽んじたつもりもなかった。

(偶然だろうと現に指は動かなかったし弾丸も出なかった。この方法で相手を無力化、もしくは逃走は出来ない。なら、この場を切り抜けるにはどうすればいい?)

動揺しながらも常に冷静な部分が目まぐるしく対処法を探す。
そんな雄也の内心を見透かすかのようにアナトが唇の端を上げてニィっと笑う。
とたんに雄也の身体から力がぬけ、片ひざ立ちだった体勢から先ほどまでもたれかかっていた壁に倒れこみ、アナトが現れる前と同じく座り込んでしまった。

(どうにも、血を失いすぎたか。打つ手… なし、だな。)

「そんなに構えなくてもいいよ。僕は君の居た組織の人間でもないし、君を殺そうなんて思ってもいないんだから。」

「組織のことを知っていて、俺の名前も知っている人間を、俺は組織の人間以外には知らないんだがな。」

「疑りぶかいなぁ。これでも僕はちょっとした事情で君を助けに来たんだけどな?」

雄也は小さく嘆息した。

「あっ、今、余計なお世話だとか思ったでしょっ!」

言葉を発するたびにころころとよく変わるアナトの顔を見つめながら、なぜか心が穏やかになるのを不思議に感じつつも言葉をつむぐ。

「お前が俺のことを本当に助けたいと思うなら、このまま静かに眠らせてくれないか?」

全てを諦め、悟りきり、そして自分の死を受け入れた者の、いや、生きる事を棄てた者の顔。

今度はアナトが嘆息した。

「君の願いは前もって契約された願いによって叶える事はできない。」

事務的な口調で告げながら、アナトはおもむろに手のひらを天に向けながら左腕を差し出してきた。

その手のひらに、小さなまるい光が生まれる。
雄也は心臓を鷲掴みにされた気がした。

その光は、人としての決定的な部分。

やわらかく、優しく、暖かく、儚げながらも全てを包み込むような淡い輝き。
その光を浴びながら目を閉じれば、あまり見ることはできなかったけれど、屈託のない最愛の人の笑顔が鮮明に浮かび上がる。

-4-
Copyright ©那智 真司 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える