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(もし、あの時の俺に、晃司のような強さがあれば、あの人を守る事が出来たのかな?)
雄也はかぶりを振る。
(もしもという仮定に意味はない。必要なのは結果を出すことだ。)
自分がやらなければならない事は、今までもそうであったように、全力で最愛の人を取り戻すことだ。
だが、過去の幸せだった頃の思い出に触れ、心は感傷の渦に囚われている。
あの頃へ戻りたいと思った。
それは、じくじくと傷口からあふれ出す、真っ赤な血で覆い隠してきた雄也の願い。
自分の殺めた者の怨嗟の声に、脳裏を掻き回され続け、緩慢と狂っていく精神の奥底の望み。
奥歯をかみ締め、ゆっくりと壊れていく自分に必死に耐える雄也の耳に、いつか聞いたことのある祈りの言葉が届いた。
気がつけば、歌声はやんでいる。
雄也は何かを求めるかのように、そっと扉を開いた。
◆
『どうか、最愛なるあの人の魂が安らぎに満ち、幸多き人生を歩めるよう、神の祝福のあらんことを…』
雄也は知らずの内に、そこだけは覚えていた最後の一節を美咲の言葉に重ねた。
黙祷をささげる美咲と、それを見つめる雄也の二人を、ただ、互いがそこにいるというだけで生まれてくる、あたたかな安心感が包み込む。
やがて、ゆっくりと顔を上げた美咲は、その何も映さない瞳で雄也を見た。
「雄君は、教会にいたことがあるの…かな?」
「ああ、10歳までは俺も教会の孤児院で育ったから。」
「どうして雄君は、私の傍にいてくれるの?」
「それが、あの天使との契約だからな。」
美咲は躊躇いながらも、雄也へと一歩を踏み出す。
「どうして雄君は、私たちに優しくしてくれるの?」
「俺が優しいかどうかはわからないが、みなを守るのが美咲との契約だから。」
肩をすくめる雄也に、一歩、また一歩と歩み寄る。
「どうして雄君は、私たちを守ってくれるの?」
「それは…。」
言いよどむ雄也の前に立ち、そっとその頬に手を伸ばす。
「どうして雄君は…、
……泣いているの?」
雄也には答えられない。
最愛の人と同じ言葉をつむぐ美咲を見た時からだろうか。
言い知れぬ安心感に、心が緩んでしまったせいだろうか。
雄也は溢れる涙を止めることが出来ず、ただ、ただ、頬を濡らし続けていた。