「雄君、こっちへ来て、…ほら、ここへ座って。」
優しく涙を拭ってやりながら、雄也の手をとり座らせてやる。
とめどなく溢れる涙を堪えようとするその横顔が、あまりも痛ましくて堪らなかった。
「どうしようもなく悲しいときや、苦しいときは、我慢せずに泣いちゃったほうがいいんだよ?」
雄也は混乱する頭で、美咲の言うことを理解しようとする。
「でも、あの人は『男の子が簡単に泣いたりしちゃダメ』って言ったんだ。」
最愛の人と違うことを言う美咲に反発するかのように、幸せだった頃の思い出を必死で守るかのように言った。
「うん。だけどね、その人は『簡単に泣いちゃダメ』って言ったけど、絶対に泣いちゃダメとは言わなかったでしょう?」
子供をあやすように頭を撫でる。
「どうしようもない時は、泣いちゃっていいんだよ? 我慢するとね、心の中にどんどん嫌な事が溜まっちゃって、息が出来なくなっちゃうから、泣いちゃってもいいんだよ。」
最愛の人の言うことは雄也にとって絶対だった。
世界には、最愛の人と自分の二人だけしかいなかったのだから。
そのたった二人だけの世界が、美咲の言葉で激しく揺れ、小さな無数のひび割れを作っていく。
行き場のない感情の波が、小さな出口を見つけて押し寄せた途端に、雄也の世界はもろく儚くも崩れ去っていった。
きらきらと輝く幸せだった頃の思い出の破片をつなぎ止めるように、雄也は美咲に話し始めた。
意味や文法などまるで関係なく、子供のように懸命に、記憶のかけらを掬い取っては話し続けた。
美咲はただ、優しく雄也の言葉に耳を傾ける。
自分が生まれながらに孤児だった事。
その自分をいつも守ってくれる人がいた事。
その人のことが大好きで、いつも一緒にいた事。
その人が自分にとって世界で一番大切な人であるという事。
その人が病気になっても治療も受けさせてやれず、悔しかった事。
10年前に孤児院を飛び出し、なんとかその人を入院させてやれた事。
その時には遅すぎて、ずっと寝たきりのその人を見つめ続けていた事。
そして、その人がこの世を去ってしまった事。
そこまで話す頃には、雄也は少しずつ落ちつきを取り戻しはじめていた。
全てを話したわけではないが、それでも胸の支えが取れたように、ほっとしたような表情をのぞかせている。