小説『アナト -眠り姫のガーディアン-』
作者:那智 真司()

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「忠次よ、そのコーヒーの色をしたお湯でも飲んで、少しは落ち着いたらどうだ?」

岩に炒れ方のなっていない事を揶揄されたコーヒーに口をつけた忠次は、それで落ち着くはずもないのだが少しだけ声を落として話を続ける。

「車ですれ違いざまにチラッと見ただけだったが、あれは間違いなく奴だ。」

大体の見当はついたが、確認の為に洋子は聞いてみる。

「それで、奴とは誰の事なの?」

「奴だよ。10人近く居たガードの連中を突破し、病院へ入り込んだあげく、駆けつけた増援をものともせずに姿をくらました 『眠り姫のガーディアン』 だよ。」

「奴は死んだのではなかったのか?」

岩は、その眉間のしわをさらに深める。

「そうね。 組織の発表ではそうなってるし、黒焦げの身元不明のそれらしい遺体も発見されたわ。」

だが、それは組織が体面を図るための偽装だと洋子は思っている。

(そもそも、あの男がそんなやすやすと組織の寄せ集めに殺されるはずがないもの。)

獲物を見つけた、飢えた肉食獣のような笑みが沸いてくる。
今回は小娘を一人殺すだけのつまらない仕事だと思っていた。
だが、思いがけない獲物の出現に舌なめずりをして、どう喰らいつくかを想像すると、体中をぞくぞくとした快感が走り抜ける。
さらに快楽に酔いしれようとする洋子に、岩の言葉が冷水を浴びせた。

「奴は俺の作品だ。 俺の手で始末をつける。」

人のおもちゃを横取りして優越感に浸るような岩の口調に、洋子を中心に音を立てて凍りつくような殺気が漲るが、一瞬で霧散する。

「そうね、では、計画に変更は無しね。」

「ああ、48時間後に計画は実行だ。 アタッカーは俺、洋子は見張りと逃走経路の確保。 忠次は予定通り車をスタンバイさせておけ。」

ニタリとしたいやらしい笑みを残して岩が立ち上がる。 忠次もそれに習い、二人は去ってゆく。

洋子はコーヒーをすする。

(過去の栄光にしがみついてるような、あの程度の男なら私でも倒せる。)

その、コーヒーの色をした血の味のする液体をゆっくりと舌の上で味わう。

(あんな男に殺されるようなら、私を満足なんてさせられない。)

こくんと喉を鳴らしてそれを飲み下しながら、再び訪れる快楽の波に洋子は恍惚とした。

(私が求めているのは100%の成功率、生還率を誇る、最強の暗殺者 『眠り姫のガーディアン』。 私にたった一度だけ、敗北の屈辱を舐めさせた男。 相澤雄也、あなたは私だけのものよ。)





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