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「おまたせ。ごめんね。」と、女性陣が降りてくる頃には片付けもすっかり終わっていて、暇をもてあましていた晃司が不満を洩らす。
「おっそいよー。待ってる間に洗濯までできちゃったじゃないか。」
庭を見れば確かに洗濯物がゆるやかにはためいている。
「晃司、うるさい。 女はいろいろ準備があるの。」
「いつもとたいしてかわんなぶっ!」
晃司に ビスッとチョップをかました由紀奈は、雄也に意味ありげな視線を送る。
「見習い神父さんは言葉も出ないほど美咲姉さんに釘付けみたいね。」
「うえっ!?」
美咲は素っ頓狂な声を上げた雄也に、「変じゃないかな?」と顔を赤らめながら聞いてみた。
「あっ、いや、すごく似合ってるよ。」
雄也もついつい頬が熱くなる。
そんな雄也の前に、愛子もちょっぴり自慢げな顔でやって来た。
「愛ちゃんはねっ、ウサギさんなんだよっ!」
見やればそのワンピースにはうさぎの耳のついたフードがついていて、それをかぶった愛子はうさぎよろしく、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
「うん。とってもかわいいよ。」
「えへっ♪ おでかけおでかけっ! 早くいこー!」
褒められたい愛子が上機嫌で玄関へと走っていった。
「それじゃぁ、そろそろ出かけましょうか。」
時計の針は9時を回っていた。
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一行は、せっかくだからと近くの商店街ではなく、総合駅のターミナルビルに行く事にした。
有名デパートが入っているため、なんでも揃っているからだ。
今日は天気もよく、バス停にして六つほどの距離をのんびりと歩いてきたのだが、美咲は少し後悔し始めていた。 人が多すぎたのだ。
盲目の少女にとって、不慣れな場所というのは常に未知の領域であり、色の濃いサングラスをして白い杖を持っている美咲を、すれ違う人々は道を空けてよけてくれる。 だが、ある程度周囲に何かがあると分かる感覚をもつ美咲にとっては、目まぐるしく動く物体を全方位に感じてしまい、それに対して情報の処理能力がついていかなくなってしまうのだ。
結果、避けようとしたり、どうしようかと考えたりしてるうちに方向感覚がずれて、まっすぐ歩けなくなってしまう。
「美咲、大丈夫か?」
雄也の声は意外とすぐ近くに聞こえた。
彼の位置が分からなくなってしまうほど脳が混乱しているようだ。
「うん、ごめんなさい。 人が多くてうまく歩けなくて…。」
自分を足手まといだと思ってしまい、しゅんとなる美咲。
「咲姉ぇ、人ごみはやっぱりきつい?」
「いつもの商店街へ戻りましょうか? 美咲姉さんもそっちなら落ち着くでしょう?」
由紀奈と晃司に両方からがっちりと手をつながれた愛子も心配そうだった。
「せっかくここまで来たんだし、もうちょっとがんばってみる。」
とは言ってもろくに前へ進む事も出来ないのだ。
悔しいと思う。
いつか考えた恋人とのデートのワンシーン。 こんな私ではまともにデートすらできないという想像が確信へと変わっていく。