再びあふれ出す涙。
その笑顔を守るために生きた10年。
どんなことをしてでも、それこそ多くの人の命を奪ってでも守りたかった最愛の人。
その人は今日、この世を去った。
そして今、目前で輝いている小さな光こそが、最愛の人の魂であると雄也の第六感が告げている。
雄也の予感を裏付けるようにアナトが口を開いた。
「君の最愛の人を取り戻したくはないかい?」
ゆっくりと光が遠ざかるのにつられて瞳を開く。
「俺は何をすればいい?」
雄也の瞳にも言葉にも、みじんの躊躇もない。
最愛の人の魂に照らし出されたアナトの彫刻のような顔が、人には決して真似る事のできない魔性の笑みに彩られた。
◆◇◆◇◆
相沢雄也は古ぼけた教会の前に居た。
離れた場所から見れば、少し大きめの洋館にも見えるだろうその西洋建物も、申し訳ない程度に屋根に掲げられた十字架と同じく、教会と呼ぶにはあまりにも小さすぎる。
そして、正確に言うなら元教会であり、数年前にここに赴任していた神父が他界してからは、教会という看板は取り払われ、代わりに『希望の家』と書かれた粗末な看板が掲げられている。
教会であった頃に、世話好きな神父が身寄りのない子供を引き取り、孤児院の真似事もしていた名残だった。
雄也は礼拝堂と呼ぶにはためらいがもたれる小さなドアの前に立ち、どう声をかけたものかを考えていた。
が、ふいに扉の向こう側に気配が生まれ、逆に声をかけられる。
「どなたかおいでなのでしょうか?」
やみかけの雨音にもかき消されそうなか細い声。
それでいて、陶磁器のように澄んだ、透き通るような優しげな声色を、雄也は今はもういない最愛の人に似ているなと思った。
「あの…?」
「あぁ、すまない。こんな時間に人が起きてるとは思ってなくて少し驚いた。」
時刻はすでに夜中の一時をすこし回ったところだ。