小説『アナト -眠り姫のガーディアン-』
作者:那智 真司()

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「なにかお探し物でしょうか?」

雄也と美咲は紳士服売り場に来ていた。
由紀奈たちは「自分たちも見たいものがあるから。」と、あとで上階のレストランで待ち合わせと言う事で別行動をとっている。

「俺のサイズに合うシャツが欲しいんだけど…。」

「それでしたらこちらですね。種類も豊富に揃えておりますので、彼女さんとご一緒に…。」

そこまで言って美咲の不釣合いなサングラスと白い杖の意味に気付いて言葉を切ってしまう。
美咲は『彼女』と言われた事に反応して、顔を赤くしてうつむいている様だったが、店員は自分の失態だと感じたようだ。

「失礼しました。 差し出がましいようですが、私が商品のご説明をさせていただきますので、彼女さんとご一緒にお選びになられてはいかがですか?」

雄也としては、サイズが合ってポケットのついている派手ではないものなら何でもよかったのだが、意外にも美咲が「お願いします。」と言ったので、雄也も断る理由がない。

美咲と店員の注視を受けて、とりあえず適当なものを指してみる。

「これなんてどうかな?」

すると店員は、そのシャツを雄也にあてがいながら、色はこうで種類はこんなで、シャツのイメージはこういう風でから始まり、自分の印象ではあるが、雄也が着るとこんな感じになるという事まで、事細かに説明をする。

「う〜ん。雄君にはもう少し落ち着いていて、でもあったかみのあるものがいいと思うんだけどなぁ。」

美咲が言えば、さらに違うシャツを何着かあてがい説明を細やかにしてくれる。 その光景をぼんやり眺めていると、

「ほら、彼氏さん。 ちょっと彼女さんの杖をもっててあげて。」

と、白い杖を雄也に持たせ、美咲に手触りまで示していた。
当の雄也は最初の一着を適当に選んだだけで、あとは美咲と店員があれやこれやと勝手に話を進めている。

(これなら確かに美咲に選んでもらってることになるな。)

誰かの服を見立てるというはじめての経験を心から楽しんでいるような美咲と、通常よりも遥かに手間がかかるだろうに、そうした迷惑さのかけらも見当たらない丁寧な接客と、女性同士という気軽さからくる会話に、いつ自分の服が決まるのだろうかという不安もあったりするのだが…。

不意に、刺すような視線に振り返る。

(メンズのフロアに女性客が一人で?)

プレゼントか何かの可能性もあるが、なぜか不自然さを感じるその女性は雄也の視線をかわしながら柱の影に消えていった。 雄也はその女性に見覚えがある気がして記憶を手繰る。

(…警告…か?。 なんにせよ用心は必要だな。)

雄也に見覚えがあるのは組織の人間しかいない。 その意図を測りかねる雄也に明るい声がかかった。

「ねぇ、雄君。 これでどうかな?」

見ればようやく決まったらしい一着を、店員が掲げている。

二人とも期待に満ちた眼差しで雄也を見ていた。

「ああ、いいね。気に入ったよ。 じゃあそれを10着。あるかな?」

雄也は同じものをまとめて買う人だった。
が、それを聞いた店員は、「それでしたら、先ほどのこちらの方も…」と、雄也そっちのけで美咲と相談を再開する。 美咲も嬉しそうに会話を弾ませて答えていた。
どうやらこの調子で10着分選ばれることになるのは間違いないようだった。

(女性の買い物を長いと晃司に教わってはいたが…。)

自分の買い物であるはずだったのだが、少しだけ、知識としてしか知らなかった女性という生き物の習性が、ほんのちょっぴりだけ理解できた気がする雄也だった。

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