「はい。ちゃんとこれで手を拭いて。」
「きれいきれいー♪」
女性用のお手洗いで、すっかり綺麗にしてもらった顔をニコニコさせながら由紀奈に言われたとおりちゃんと手を拭く。
そして、拭き終えた途端に再び逃走にかかる。
「あっ! まちなさい!」
またも慌てて追いかけると、愛子はちょうど雄也に捕獲されているところだった。
嬉しそうに雄也にじゃれ付く愛子を見ていると、由紀奈は軽い嫉妬を覚えてしまう。
(美咲姉さんにしても愛ちゃんにしても、なんでこんな男がいいんだろ? 晃司もなんだか気に入ったみたいだし…。)
そう思うとついつい目つきが険しくなってしまう。
どうにも由紀奈に睨まれるとタジタジしてしまう雄也は、その理由も分からなかったので尋ねてみることにした。
「あの、由紀奈? なにか怒ってる?」
「怒ってなんていません。…むしろ感謝してるぐらいです。」
実際のところ、雄也のことは気に入らないと思うのだが、どうしても嫌いとは思えなかったりもしたのだ。
「俺は感謝されるような事は何もしてないけど…。」
「いえ、あなたがきてから美咲姉さんはとても幸せそうに笑うようになりましたから。」
とたんに雄也の表情がみるみると曇っていく。
そんな雄也に不安を覚えた由紀奈は、口調がきつくなってしまうのを止められなかった。
「美咲姉さんの好意は迷惑ですか?」
「そうじゃない…。 その、俺は感謝されるような人間じゃないから…。」
由紀奈はもどかしくて仕方なかった。 だから、ついつい単刀直入に聞いてしまう。
「あなたは、美咲姉さんが好きではないのですか?」
そう問いかけて由紀奈は後悔と同時にどきっとしてしまった。
悲しみや切なさの入り混じった雄也の瞳を見てしまったから。
誰からも祝福を受けられない事を知っている者の、愛する事、愛される事を罪とするかのような笑顔。
由紀奈は美咲が「守ってあげたい。」と言っていたのを思い出した。