「好きとか、そういう事は俺にはわからないんだ。」
少し困ったような、それでもちゃんと答えを返そうとする雄也の口調。
由紀奈は黙って続きを待つ。
「俺は恋愛というものを知らないから、由紀奈の言う『好き』というものがどういう感情を指しているのか分からない。 だけど、美咲の傍にいると、よくわからないんだが …安心するんだ。」
由紀奈は思ってしまった。
(なんて、…なんて子供みたいな二人なんだろう。)
二人の恋心という種はようやく芽を出したばかりなのかもしれない。
それが双葉になり、四葉になり花を咲かせるには時間が必要なのかもしれないと思った。
まるで初めて恋を知った少年少女のような、自分の恋心に気付いてもいないような二人を、自分よりも年上であるにもかかわらず、「かわいい」と思ってしまった。
雄也は、由紀奈の不躾な質問にも、真面目に答えようとしてくれた。 そうした誠実さには好感が持てる。
由紀奈の中で、胡散臭いのと差っぴいて考えれば、誰かを騙そうと思って騙せる人ではないなと感じて、由紀奈はほんの微かに表情を緩める。
「わかりました。 とりあえずは戻りましょう。」
見れば雄也に抱っこされた愛子は、満足そうに「すーすー」とかわいらしい寝息を立てている。
「それから、…相澤さん。」
「ん?」
「あなたが居なければ、美咲姉さんとこんな風に出かけたり、服を選んでもらうなんてことできませんでした。 だから、やっぱりあなたには感謝しています。 …ありがとう。」
「いや、いいんだ。」
優しげに微笑んだ雄也に、由紀奈の胸は再び高鳴る。
「守ってあげたいの。」そう言った姉の言葉が、よくわかる気がした。
「あれ、愛の奴、寝ちまったんだ。」
「ええ、こんなに遠くまで出かけた事はなかったから、やっぱり疲れたんでしょう。」
「じゃあ今日はそろそろ帰りましょうか。」
「雄也さん、愛は俺がおぶっていこうか?」
「いや、このままでいい。 それより、悪いが荷物を頼む。」
「あいよっ。」
雄也は片腕で愛子を抱っこし直すと、美咲をそっとエスコートする。
「雄君大丈夫? 愛ちゃん重くない?」
「ああ、大丈夫さ。 …ただ。」
「…ただ?」
「帰りはバスで帰ろう。」
やはり少し重いらしかった。
みんなの笑いが漏れる。
休日にみんな揃ってお出かけをする。
そんな何気ない、平凡な日常を望みながらも得られなかった美咲と雄也。
二人の世界は、ゆっくりと塗り替えられていくのだった。