「傘が壊れてしまってずぶ濡れになった上に転んで怪我をしてしまってね、教会らしきものが見えたので雨宿りでもさせてもらおうかと思ったんだけど、時間が時間だったから声をかけようか迷ってたんだ。」
自分でも驚くほどすらすらと言い訳が出てきた。
それでもこんな夜分の来訪に若い女性が扉を開くはずはないと思い、軒先を貸してもらうだけでかまわないと口を開きかけた時、カチャカチャッと鍵をはずす音が聞こえたかと思うと、あっさりと扉が開かれた。
「そんなご事情でしたらすぐにでも声をかけてくださればよかったのに。困っている方の手助けをすることが私達の役目なのですから。怪我をなさってるならなおさらです。どうぞお入りください。」
無用心にも男を招き入れるのに躊躇しないことを驚きもしたが、扉を開けた彼女を見たとたんにそんな事とは遥かに次元の違う驚愕を雄也は覚えた。
「…? …どうかなさいました?」
「い、いえ。こんな夜分に申し訳なくて。 …すみません。」
「どうか、お気になさらないでください。どうぞ、中へ。」
動揺する心をなんとか押さえ込みながら、彼女に促されるまま中へと歩を進め、教壇の前の三人がけの椅子へと腰を落ち着ける。
「薬箱を取ってまいりますから、しばらくお待ちください。」
そう言って彼女が奥へと続く通路を歩いていく。
雄也は信じられない面持ちでその後姿を見送った。
緩やかにウェーブのかかったやわらかそうな蜂蜜色のふわふわとした髪。
少し丸みの帯びた、幼さの残る顔。年は15,6歳ぐらいだろうか。
背は小さく、雄也と並んでも胸の辺りまでしかないので160cmはないだろう。
修道女が着るような、ぞろっとした衣服が落ち着いた印象を与えるものの、にっこりと微笑んだなら、今はつぼんでいる桜の花びらも開いてしまうような可憐な少女だった。
ただし、彼女の両目は何も映す事はない。
(確か、子供の頃に事故で両親と両目を失ったんだっけ。)
雄也は彼女を知っていた。
いや、彼女の簡単なプロフィール程度のことを資料を通じて記憶しているといったほうが正しいだろう。