小説『アナト -眠り姫のガーディアン-』
作者:那智 真司()

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「うん。 甘いのが好きなんだ。」

「意外だね。」と美咲がくすっと笑った。
見えはしないが、雄也が一口、一口を大事そうに飲んでいるのが分かる。
交わす言葉もなく、ゆっくりとした時間が春の風に揺られて穏やかに過ぎていく。
たっぷりと時間をかけてミルクを飲み干した雄也は、少し残念そうにカップを戻した。

「おいしかった。ありがとう。」

「どういたしまして。 さぁ雄君。少し横になって眠ったほうがいいよ。」

「 …ああ。」

横になるのに抵抗はあったが、美咲の言葉に素直に従う事にする。
その雄也の手を、美咲の柔らかな手が包み込んだ。

「暫くこうしててあげるから、安心してゆっくり眠るといいよ。」

まどろみはすでに訪れていた。
不思議な安心感に身を委ねながら、世界が塗り替えられていくような感覚と共に、深い眠りへと雄也は落ちていった。

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「頼むよ! どうしてもお金が要るんだ! 僕を働かせてくれよ!」

夢とは脳が記憶を整理するときにその断片を見るものだという説がある。
10年ぶりに深い眠りに着いた雄也は、その10年分の記憶を整理するかのように、幼い頃の自分を見ていた。

「頼むよ! お願いだよ!」

最愛の人の命があと僅かだと知った時、病院で治療を受けさせるだけの余裕が孤児院にはないと知った時、雄也は街中を駆け回り、自分でなんとかお金を稼ごうとしていた。

「駄目だ、駄目だ! お前みたいな子供に何が出来るんだ!」

だが、10歳の少年を雇う店などあろうはずもなく、孤児院から遠く離れたその飲食店でも断られ、裏口から追っ払うように追い出される。
夕方になって降り出した雨に濡れ、涙を溜めながら裏路地にたたずむ雄也。
だが、諦める訳にはいかず、悔しさを振り払って次の店を探そうと顔を上げたその前に、いつからそこに居たのか一人の男が立っていた。

「金が欲しいのか?」

重く響くような声に、雄也は肯く。

「なぜ金が要る?」

「大切な人が病気なんだ!病院に入れるのにお金が要るんだ!」

その男は『ニタリ』と笑った。 本能がその男は危険だと告げている。 雄也はジリジリと後ずさり、振り向いて駆け出そうと思った。
しかし、その男の次の一言が雄也を縛り付ける。

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