そう言って微笑むその人を、雄也は『綺麗』だと思った。
「だけど、私はもっともっと幸せになりたいな。 雄君、お願い聞いてくれる?」
その人の願いならなんでも叶えてあげたいと思った。
「私の幸せはね、雄君が幸せになる事。 雄君が沢山の幸せに包まれた笑顔を見ると、私はとっても幸せになれるの。」
「そんなの」と言いかけて言葉を飲み込む。
その人の両目に涙が溢れていたから。
「雄也…、愛してるわ。 世界で誰よりも愛してる。」
雄也の瞳にも涙が溢れてくる。
「そうだ、私が元気になったら、またお花見がしたいな。 ね、いいでしょう?」
それは雄也に心配をさせない為に、わざと明るくなるようなお願いをしたのかもしれない。
だけど、神様はそんなささやかな願いすら、聞いてはくれなかった。
・
・
・
その桜の木の下で、雄也は体中をあざだらけにしながら打ちのめされていた。
「何度言ったらわかるんだ? 常に相手の一手先、二手先を読め。」
男が構えを解かない限り、雄也は立ち上がるしかなかった。 でなければ、這いつくばった無防備な体勢で男のつま先を受ける事になるからだ。
打ちかかってくる男のタイミングをバックステップでずらし、その僅かな躊躇の中へすぐさま飛び込んでいく。
その直線的な動きに、男もまた左腕を真っ直ぐに突き出し迎撃を計る。 その当たれば頭蓋骨も砕きそうな拳を外側へと円を描くように逃れた雄也は、腕が伸びきってがら空きの脇腹へと一撃を放つ。
自分の拳が突き刺さると同時に、男の返しの肘で吹き飛ばされる。
「攻撃が当たったぐらいでいちいち気を抜くな。 相手が無力化するまで常に次撃に備えろ。」
薄れていく意識の中で、男がニヤリとしたのが分かった。
・
・
・
「桜の枝、花が咲いたからもらってきたんだ。」
「あら、…勝手に手折ってきたんじゃないでしょうね?」
生命力の乏しい透き通るような真っ白な肌に、ほんのりと薄紅色をした唇がほころぶ。
「違うよ。ちゃんと木を痛めないようにするからって、もらったんだ。」
「ふふふ。 ありがとう。」
その人がよく見えるように、花瓶に刺してベッドの脇へ置いてあげた。