「とっても綺麗…。」
雄也は言葉を発しない。 ただ脇へ腰かけ、その痩せ細った手をそっと握る。
その人はもう、話をするだけで相当に体力を消耗するのが分かっていたから。
うれしそうに桜を眺めていたその人が、何かを思い出したように雄也に視線を戻した。
「雄君、その服…。」
雄也は少しはにかんだ。
「うん。今日から僕は中学生なんだ。」
折り目の真新しい学生服姿の雄也。
もちろん学校へは行っていないが、その人に心配をかけたくなかったので、ちゃんと学校へ行ってるふりをしていたのだ。
「おめでとう…。」
その人の瞳いっぱいに涙があふれる。
「こんなに素敵な雄君が見られるなんて…。 私、とても幸せよ。」
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14階建てのビルの屋上。 地上50mの場所から垂らされた一本の黒いワイヤー。
それに滑車の付いた金具を通し、身体を固定したフックをかける。
軽く動作確認をした雄也は、無造作に夜の闇に身を躍らせた。
シャアアァァァ───
猛烈な勢いで目の前を滑っていくビルの壁。
ごうごうと唸る風きり音の隙間に滑車の走る音が響く。
(14階… 13… 12…)
明かりの付いてない窓が、一瞬、また一瞬と雄也のカウントに合わせて頭上へ流れていく。
(11… 10… ファイア!)
ドドンッ! ───
そのビルで唯一明かりの漏れていた9階。
自由落下に身を任せた雄也は、その部屋のターゲットへと2発の銃弾を撃ち込んだ。
シャアアァァァ───
引力は翼を持たない雄也を地上へ叩きつけるべく、その力を緩めない。