(このレバーを握らなければ、俺はもう命を狩らなくて済むのかな…。)
そんな事を考えながらも、体は勝手にレバーを握りこむ。
ジャッ ジャッ ジャッ!
滑るように回っていた滑車が、不満の声を上げながらワイヤーに喰らいつき、特殊な技法で編み上げられた極細のワイヤーのテンションを最高潮まで引っ張りあげる。
極限まで伸びきったワイヤーが、元へ戻ろうとする一瞬のたわみに、雄也は自らを繋ぐフックをはずし、3mの高さを音もなく着地した。
振り返るでも周囲を見渡す事もなく、待機していた車の後部座席へ滑り込む。
「任務完了だ。」
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高校へ上がる年齢になる頃には、その人はしゃべる事すらままならなくなっていた。
「来週からは試験なんだ。勉強がんばらないとね。」
いつかその人は、雄也が学校でどんな事をしているのかを聞きたいと言った。
声を出す事にすら全力を必要とするその人が、雄也の話を聞きながら、嬉しそうに目を細めたりするので、お見舞いに来たときは一生懸命ありもしない学校生活を語り続けた。
もしかしたら、それは雄也の憧れていた生活だったのかもしれない。
その人と一緒に過ごせた筈の世界を夢見ていたのかもしれない。
雄也が語り終えるとその人は言う。
声は出なかったけど、唇の動きでわかった。
『ありがとう。』
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雄也は雨の降る中、腹ばいになって遠距離狙撃用のスコープをじっと見つめていた。
昨日、もう一年も眠り続けていた最愛の人が、雄也の訪れに瞳を開き、笑顔をくれた。
「春になったら、お花見をしましょう。」
そう言って手招きをする。
まるで夢でも見ているかのようだった雄也は、ふらふらと最愛の人の元へと歩み寄る。
そんな雄也を、最愛の人は優しく抱きしめた。
「こんなにも大きくなった雄君を見られて、私は幸せ…。 こんなにも沢山の幸せをくれた雄君に、お返しをしないと、ね?」
その人の胸の中で、雄也は首を横に振る。
「な、なにも、いらない…。 なにもいらないから。 傍にいて…、傍にいてくれるだけで …いいから。」
その人は雄也の頭を優しく撫でた。
「うん、わかった。 ずっと雄君の傍にいてあげるから、ね。」
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