小説『アナト -眠り姫のガーディアン-』
作者:那智 真司()

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そして、彼女の顔は今朝方、スコープ越しに見たばかりだった。

(なるほど、そういう事か。)

雄也はパズルのワンピースがぱちりとはまるような感覚と共に、アナトとの会話を思い出していた。

   ◆◆◆

「彼女は40日後に死ぬ。それまでに僕が出した課題をクリアできれば、その彼女の魂と引き換えに、君の願いを一つだけかなえてあげる。」

今、雄也がいる元教会を遠くから眺めることのできる場所まで移動してきたアナトが唐突に言った。

「魂と引き換えにって事は、お前は死神じゃなく悪魔だったんだな。」

最愛の人を取り戻せるかもしれないという希望のせいか、雄也は軽口が叩けるほどに精神的には回復していた。

「ぼくは天使だって言ったじゃないか。」

アナトは頬を膨らませる。
そんな表情は見た目どおりの年齢を思わせて、先ほどの圧倒的な威圧感は影も形も見ることができない。
だからというわけでもないが、もともと物怖じしない雄也は軽口を続ける。

「そんな格好をして、怪しげな取引を持ちかけてくる天使がどこにいるって言うんだ?」

アナトは少しも光沢のない黒く、やわらかそうなレザーのジャケットとパンツに身を包んでいる。
それだけならば、雄也も似たような格好なのだが、アナトの場合はその至る所に不規則に、まるで拘束されているようなベルトが巻きつけられている。
それに加えて妖艶な笑みを浮かべれば、まるで背中に黒い翼がはためくのが見えるようだった。

「ええっと、何て言ったっけ? ほら、ボンテージファッション? かわいいでしょ?」

まるで女の子がファッションを見せびらかすようにその場でくるりと一回転する。

「まぁ、かわいいかどうかは置いといて。」

「むぅ…。」

「さっきの言葉だと俺のデメリットが見当たらないんだが?」

さらっと流されたことに気を悪くした様子もなく、ぴんと伸ばした人差し指を頬にあて、思案するように視線を宙にさまよわせるアナト。
やがて名案を思いついたかのようにポンと手を打ちニンマリとする。
まるでいたずらを思いついたみたいな感じだ。

「大丈夫。課題そのものが君にとってデメリットだから。」

(何が大丈夫なのかわからないが…。)

雄也にしてみれば隠し事はないだろうなという確認のつもりで聞いてみたのだが、そうした表裏の機微というものはアナトにはあまりないらしい。

「で、その課題ってのはなんだ?」

「彼女の命はあと40日。その間に彼女と恋愛をして相思相愛になること。」

「……… はぁ?」

「んじゃ、ルールの説明をするよ。」

「ちょ、ちょっと待て!」

困惑する雄也のことにはかまわず話を進めようとするアナトの言葉をさえぎり課題の意味を咀嚼しようとする。
だが、いくらがんばってみても雄也には理解することができなかった。

-7-
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