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カツ カツ カツ カツ ──。
深夜に響くハイヒールの音。
帰りの遅くなってしまったOLのような、しかし、落ち着いた雰囲気のクラブで、カクテルを片手にロマンティックな夜を演じるにもふさわしい、大人びたスーツ姿の洋子。
連れ立って歩くものはいない。
あらかじめ、決められた場所へ、決められた時間にそれぞれが別のルートで赴く。
それが古くからの習慣だった。
洋子は教会の裏手、今は使われていないさび付いた門扉の脇に、建物からは見えないよう身を潜ませる。
開いた携帯電話から漏れる明かりを捉えられないように。
日曜の深夜に人通りもあろうはずのないその路地に、もし、誰かが通ったとしても、(メールでもしてるのかな?)と思わせる装い。
(昨日の警告で、少しは眼が醒めたかしら?)
闇の中で携帯の明かりに僅かに照らされた洋子の顔に冷たい笑みが浮かぶ。
(まずは貴方の力を見せてもらうわ。)
月は翳り、夜に生きるものたちの歓喜を誘う。
温かさと冷たさの入り混じったまだるっこしい春の夜風。
闇の狭間に潜むものが、狂楽の宴の始まりを待ちわびている。
それは、そんな夜だった。