小説『アナト -眠り姫のガーディアン-』
作者:那智 真司()

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以前なら、闘いの中ではそうした思考や情などといったものは完全に消し去り、ただ冷徹に淡々と仕事をこなしていくマシーンだった雄也。

美咲たちを失うのが怖いと思った。
失敗を恐れているのかとも思った。

だが、それよりも何よりも、もっと根本的な部分で戦う理由を失った今、原動力の切れたマシーンが雄也の呼びかけに眼を醒ます事などありはしなかったのだ。

「くっ、くくくく……。」

岩がそのいかつい身体を小刻みにゆすり、笑う。

「あんたでも声を出して笑う事があるんだな…。」

「いや、10年前には『眠り姫』の死を拒み、泣き喚いていたお前が、今は『眠り姫』の死を受け入れてるように見えたんでな…。 お前も成長したんだなと思ったんだよ。」

岩はスッと左足を引き、構えを取る。

「その成長したお前の力、見せてもらおう。」

言い終わるや否や、音も無く雄也へと間合いを詰めてきた。

(俺があの人の死を受け入れてる?)

顔前に迫る岩の右フックを上体を反らしただけで避ける。
岩の右脇腹が空くが、これは誘いだ。
返ってくる肘を意識して僅かに身を引く雄也。
目前を岩の肘に覆い尽くされて視界を奪われる。
雄也は直感的に身を屈めた。
肘が吹き抜けると同時に、岩の左の二本貫き手が雄也の眼があったであろう場所を正確に貫いている。

雄也は岩の腹部に拳を添える。 だが、ここで必殺の一撃を放つ事は出来ない。
頭上から岩の肘が脳天へと打ち落とされるからだ。
添えた拳の打ち出す力を利用して後方へと逃れる雄也を、教会の扉ごと打ち抜かんとする岩の豪腕が襲う。

(俺はあの人の死を、認めている…のか?)

激しい打ち合いの中、身体は反応していても、頭の中はまったく別のことに捉われている雄也。

(あの人を取り戻すために、ここにいるんじゃないのか?)

アナトとの邂逅の記憶が呼び覚まされる。

(アナトが天使で、本当に人を蘇らせる事が出来るなんて保証はどこにもない。)

実際アナトは何一つ力を示してはいなかった。
名前や生い立ちなどの情報なら金を出せば買える。
ミスファイアにしても、可能性が全くのゼロという訳でもない。
そしてアナトが見せた魂の灯火も、手品で出したただの明かりを、心身共に極限まで疲労しきっていた雄也が、すがりつきたい一心でそう思い込んだだけかもしれない。

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