小説『アナト -眠り姫のガーディアン-』
作者:那智 真司()

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(俺はここで何をしている?)

岩の拳に合わせる様に、カウンター気味で雄也も拳を放つ。

(あの人が死んで、俺は、俺はもう人を殺さなくてもいいと思った。)

最愛の人の死に、狂わんばかりの悲しみが心を覆った。
しかし、自分自身を縛り付けていた鎖から解放されたかのような安堵も、確かに感じてしまったのだ。

(そして俺は、あの人と望んだ日常の中に、あの人ではない誰かと過ごしている。)

岩は打ち出した拳の軌道を無理やり変えて、雄也の迫り来るストレートを払う。
雄也は振り払われた力をそのまま利用して、コマのようにクルリと回転して後ろ回し蹴りを放った。

(美咲を守りたいと思った。)

岩は自分の勢いを殺さずに雄也へ追撃をかけようとしていた為、その蹴りを避けられないと判断し、両腕をクロスさせて直撃を回避しようと衝撃に備えるべく身を硬くする。

(みんなを守りたいと思った。)

雄也はそのガードを突き破るかの勢いで回し蹴りを岩に叩きつけた。
さすがに名は体を現すかの如き岩でも、遠心力と己自身への怒りの乗った雄也の蹴りにその巨体を吹き飛ばされる。

(だが、それはあの人を取り戻す為じゃなかったのか!)

岩は着地と同時に追撃を嫌い、後方へと再び距離をとった。

(アナトが本物の天使かどうかなんて分かりはしない。)

雄也の心が急速に冷めていく。

(あの人を取り戻せる可能性が僅かにでもあるのなら…)

翳っていた月が姿を現し、一歩前に踏み出した雄也の顔を照らし出す。

(俺は全力でそれをつかみとる。)

カチリと雄也の中のスイッチが切り替わった。

(俺は『眠り姫のガーディアン』だ。)

降り注ぐ月明かりですら吸い込まれて闇に溶けてしまうほどの漆黒の瞳。

夜に生きるものたちですら恐れる、最強を冠する暗殺者。

『眠り姫のガーディアン』の降臨。

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