小説『アナト -眠り姫のガーディアン-』
作者:那智 真司()

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岩の背中に冷たいものが走る。

今度は雄也が音も無く岩へと間合いを詰める。

無造作に放たれる雄也の右ストレート。
岩は一歩下がり間合いをはずそうとしたが、雄也はそれに合わせるようにけり足を前へ踏み出す事でその距離を殺す。

竜頭拳と呼ばれる中指の中節骨を突き出した特殊な握りの拳が岩のテンプルを捉え、意識を刈り取ろうとした次の瞬間には、アバラの折れる強烈な痛みに飛びそうになった意識を無理やり呼び戻された。

たまらず側面へ逃れようとした岩に追撃のハイキックがうねりをあげる。 本来であれば踏み込んで体ごと受けるべきその攻撃を、片腕だけでかろうじて直撃を免れた岩は、骨のきしむいやな音を聞く事となった。

圧倒的なまでの力。 
 
一流と呼ばれるだけの仕事をこなしてきた岩ですら、老いたとは言えまったく歯が立たないほど、最大限にまでそのポテンシャルを引き出した『眠り姫のガーディアン』は強い。
それだけの差がありながら、相手に相当のダメージを与えているにもかかわらず、僅かな油断もせずに口を開く。

「依頼の一部に、出来る限り殺すなとある。 今手を引くなら、今回は見逃そう。」

岩は唇の端を吊り上げてニタリと笑う。

「お前は仕事に失敗して大切なものを失ったんだろう? 俺にも失敗すれば失う大切なものがあるんでな。」

「ならば仕方ないな。」

即座に相手の息の根を止める判断を下す『眠り姫のガーディアン』。
蹴り折られてガードの上がらない左側から、その喉笛を引き裂くべく、貫き手を突き出そうとした時、頬を濡らす一筋の涙がこぼれた。

(なんだこれは?)

冷徹な暗殺者の心に広がる一面の悲しみ。
雄也の心が浮上し、『眠り姫のガーディアン』としての自分の心と重なる。

もしも、今、攻撃を受けたなら間違いなく敗北と共に絶命していたに違いない。
だが、岩は喉元に貫き手を触れさせたまま微動だにせず、雄也を見ていた。
暗い瞳を濡らす雄也を。

「10年たってちっとは成長したかと思えば、いつまでたっても泣き虫のままだな、お前は。」

雄也は涙のわけを必死で言葉にしようとした。

「あ、……あ、」

うまく言葉が出てこないもどかしさに、一旦瞳を閉じる。
すっと心が自分の支配下へ戻ってくるのを感じてゆっくりと瞳を開けた。

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