「ありがとう…。」
ずっと、ずっと言いたかった言葉を口にする雄也。
岩は顔をいぶかしげた。
「10年前、あの人を救ってくれたのはあんただ。」
岩が驚きに顔を歪める。
確かにあの時、岩が金を出さなければ、『眠り姫』はその年が暮れるのを待たずにこの世を去っていただろう。
「何も分からないガキの俺に、メシを食わせてくれたのもあんただ。」
「俺は後継者を得るためにガキを拾っただけだ。」
「生き残る術を教えてくれたのもあんただ。」
「あれだけ叩きのめされて…」
「あの人は言ったんだ。」
岩の言葉をさえぎって雄也は続ける。
「あんたの事を『親切な人』と。」
岩は言葉に詰まる。
『眠り姫』の10年はその言葉どおり幸せであったかどうかは分からない。
苦痛に苛まされながらベッドの上のみで生き続けた10年はもしかしたら生き地獄だったかもしれない。
それでも、この世を去る前の日に言った『眠り姫』の言葉を信じるなら、彼女は幸せだったのだ。
そして、方法は間違っていたにせよ、その10年を生きるチャンスを与えたのは紛れもなく岩だったのだから。
「だから、ずっと言いたかったんだ。 ありがとうって…。」
雄也は突きつけていた貫き手をゆっくりと離す。
その瞬間。
岩が動く左手で雄也をなぎ払うように殴り飛ばした。