小説『アナト -眠り姫のガーディアン-』
作者:那智 真司()

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この場に似合わないほどの笑顔を雄也に向けた洋子は、あっさりと銃口をはずすと、ハンドバッグを開いて銃をしまいこんだ。

洋子の意図が読めず、雄也は尋ねる。

「お前の目的はなんだ?」

「私の目的は、あなたよ。」

そう言って微笑む洋子の目に、ゆらゆらと蠢く妖しげな光を雄也は見逃さなかった。

「ねぇ、私と愛し合いましょう。」

洋子が踏み出したかと思うと、眼の醒めるようなハイキックが雄也を襲う。 雄也は最小限にその蹴りをかわしたつもりだったが、ハイヒールの踵がわずかに頬を傷つけた。
その勢いに乗って次々と洋子は攻撃を繰り出してくる。
速さといい鋭さといい、当たれば並みの男なら十分に昏倒させるだけの威力を持った攻撃ではあったが、連続で繰り出される攻撃には決定力にかけるという弱みがある。

雄也はあえて打点だけはずらして、洋子の蹴りを身体で受け止める。 当たった瞬間に僅かに止まった洋子の白く細い首を左手で掴みあげる。

「お前と愛し合うつもりなど無い。」

「あら、つれないわね? その手で首を締め上げて、存分に愛してくれてもいいんじゃない?」

洋子はうっとりとして甘えた声で雄也にささやく。
雄也には洋子の言ってる事が全く理解できないでいた。
困惑する雄也に、洋子が語りかける。

「男と女は殺しあってる時こそ、相手と真剣に、心の奥底まで絡み合えるものなのよ。 激しく打ち合えば打ち合うほどに、ね。」

そっと右手に握りこんでいた暗器を雄也の腹部へ突き入れようとする。 が、雄也は手が貫かれるのもかまわずに受け止めたまま洋子の手を握りこんだ。

「ああぁ…。 貴方の手が触れて、貴方の血が私をぬらしているかと思うとゾクゾクするわ。 ねぇ、貴方は私に感じてくれないの?」

手の平から甲にかけて突き抜けた細い針金ような鋭くとがった暗器の先端から雄也の血が滑り落ちる。

「戦いの最中に相手に何かを感じる事はない。 まして俺にはあの人以外を必要とはしない。」

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