-4月1日-
-お花見-
雲ひとつない蒼い空。
時折吹き抜ける暖かな風が、春の花々の香りを運んできてくれる。
柔らかい日差しに誘われ、その教会の庭に咲く一本の桜の木が、淡い薄桃色の花びらを誇らしげに広げ、ほぼ 満開の装いを見せていた。
『春になったら、お花見をしましょう。』
この世を去る前の日に、最愛の人がそう言ったのを思い出し、雄也は涙があふれ出すのを止められなかった。
美咲たちは、幼い愛子ですらも、そんな雄也を優しく見守る。 大切な何かを悼む気持ちは、皆にもよくわかっていたから。
神聖な時間が過ぎてゆく。
小鳥のさえずりに蝶が踊り、木漏れ日のライトを浴びて花びらが舞う。
雄也の胸にかけた十字架が、シャランと音を立ててなった。
◆◇◆
「今日は毎年恒例の、お花見の日です。」
みんなで朝食をとったあと、由紀奈は唐突にそんな事を言い出した。
あまりに突然だったので、雄也は毎年恒例なら知っていたはずの美咲と同じようにキョトンとなってしまった。
「やっ、やだなぁ咲姉ぇ。 お花見は毎年の恒例行事じゃないか。」
晃司は雄也に見えないよう美咲に目配せを送る。
それでようやく思い出したのか、「そうね、そうそう。毎年恒例よね。」と、とってつけたように話を合わせる美咲に、晃司はため息が出た。
美咲は昨日の夜、襲撃のあった日からふさぎ込んで見える雄也を、なんとか励ましたいと思っていたのだが、なんとなく自分が避けられてるような気もしたので、由紀奈と晃司に相談を持ちかけたのだ。
ちなみに愛子はその時間には夢の中にいたので知らない。
由紀奈も晃司も二人がギクシャクしていてはからかい甲斐もないので、快く美咲の相談に乗った結果、お花見でもしようという事になっていたのだ。
「そういう訳で相澤さん。 私達がお弁当を作りますので、美咲姉さんとお花見の場所取りと愛ちゃんの相手をお願いします。」
場所取りといっても教会の敷地内でお花見をするのだから必要ない気もするのだが…。
「いや、俺は…。」と、断りの為に口を開こうとした雄也を由紀奈はひと睨みで黙らせる。 どうにもこの少女に睨まれるのが苦手な雄也は首を縦に振るしかない。
「ゆーやっ! 愛ちゃんのチューリップのとこにしようっ!」
今日も元気な愛子が雄也の手を取る。
「今日は天気もいいから、きっと気持ちいいよ。」
晃司から水筒とレジャーシートを受け取った美咲も、にこにことしながら反対側の手を取る。
逃げられないと悟った雄也は、皆に聞こえないようにため息をついて、お花見の場所取りへと庭へ降りたのだった。