第十話『救出』
「おい! まだ織斑千冬は棄権しないのか!」
決勝戦試合開始の時間が迫り、未だに織斑千冬は棄権しない。
それに苛立つ誘拐犯たち。
刹那は、息を潜めてそれを眺める。
そして、試合開始の時間となった。
「おい! 織斑千冬が決勝に出ているぞ!」
「何だと! あいつは己の弟を犠牲にして、栄光を取ったのか!?」
織斑千冬が試合に出ていると言うことで、ざわめき立つ誘拐犯たち。
「……ならば、もうこいつを殺しても構わねえよな?」
「ええ。 もうそいつに、利用価値は無いわ。 殺してしまいなさい」
一人の男が拳銃を抜き放ち、未だに気絶している少年へと、銃口を向ける。
「恨むなら、自分を見捨てた姉を恨むんだな」
(助けないと)
男が引き金を引こうとした瞬間、
「待ちな」
刹那が『己が栄光のためでなく』で姿を変え、男と少年の間に割って入った。
「誰だ、テメェ!」
「通りすがりの化物だ」
直後、刹那の背中から漆黒の翼が六枚生えた。
ちなみに、見た目は某ホスト風の『神々が住む天界の力の片鱗』を振るう者のとある裏稼業のメルヘンリーダーていとくんだ。
「貴様、どうやって入った!」
「さて、どうだろうなぁ?」
パアンッ!
拳銃が火を噴くが、それは刹那の背中から生える羽が防いだ。
「俺の暗黒物質に常識は通用しねえ」
これは、ていとくんの決め台詞をパクったものだ。
実際には、『未元物質』だ。
「“ダークホール”」
手から放たれた無数の闇の球体が、誘拐犯たちに向けて飛ぶ。
そして、当たった奴は球体に包まれ、意識を失った。
「……ほう、流石は兵器と言うべきだな。 あれを避けるなんて、褒めてやるよ」
「貴様ぁぁぁぁ!!!」
激昂した女がISを纏って襲ってくるが、無駄だ。
未来予知にも近い直感を持つ刹那に、その程度の単純な攻撃は通用しない。
刹那は闇で鎌を作り出すと、それを振り切った。
「じゃあな」
女のISが解除され、女は地に倒れ伏した。
死んだわけではない。
鎌が刈り取ったのは、命ではなく意識だけだ。
(情報は惜しいけど、力を見せちゃったからな。 記憶を消しておかないと……)
刹那は闇を伸ばして脳に介入し、脳に直接刺激を与えてここ数分の記憶を消していく。
これは便利なものではないので、部分的に削除することが出来ず、覚えたばかりのものから消えていく。
そのため、どうでもいい記憶まで消してしまうし、少し間違えれば全ての記憶が消えてしまう恐れもあるのだが、相手が犯罪者ということもあり、気をつけるが一切の容赦も情けも無く記憶を削除する。
(まずは能力を見た奴は消した。 情報が欲しいところだけど、あまりここに長居するのも面倒だし、仕方ないか。 今回は諦めよう)
刹那は自分の姿を見ただけの奴らも記憶を消していく。
すぐにその作業も終わり、刹那は未だに気絶している少年に近づく。
(あれだけの騒ぎがあってもなお意識を戻さないか。 相当強力な薬でも嗅がされたのかな)
刹那はそう結論付けると、少年を抱えてステルスを発動する。
(まあ、今はこの子を連れて戻るだけだ)
<夜空、救出に成功したから、今から戻るよ>
<わかったわ。 刹那が戻ってくる頃には、試合も終わると思うから、待ってるわ>
<わかった>
刹那は、会場へと戻る前に、自動消滅機能付きのカメラを設置しておいた。
ここに、来る者の情報を得るためだ。
死角ゼロで設置し終えると、刹那は少年を抱えて飛び出した。
☆
「お待たせ、刹那」
「いや、僕も今来たところだよ」
刹那たちがいるのは、遥か上空。
闇で足場を作り、ステルスで一切確認されることを防いでいる。
これに気づける者は、この世に存在しない。
「この子は?」
「多分、織斑千冬の弟」
「「っ!」」
織斑千冬という名前に反応する二人。
織斑千冬は、刹那たちの標的だからだ。
「まあ落ち着いて。 まずは、この子に状況を説明すること。 そして、話を聞かないと」
「そうね、ごめんなさい、つい……」
「私も敏感になりすぎていたわ……」
「いいさ。 琉歌にとっては親の敵の情報が得れるチャンス。 夜空は、僕たちに協力してくれているんだから」
少し暗くなる二人に、言葉をかける刹那。
「にしても、起きないね。 相当強い薬でも嗅がされたみたいだ」
未だにぐっすりと眠っている少年は、既に一時間は眠ったままである。
「決勝戦の織斑千冬は、それまでの試合と同じように戦っていたわ。 彼を見捨てたのか、それとも知らされていなかったのか」
「どちらにせよ、彼を助けなかったのは事実よ」
「まあ、起きたこの子から話を聞かないと、これからについては決めれない」
「叩き起こす?」
「まあ、それが一番手っ取り早いかな」
刹那は未だに眠っている少年の頬をぺちぺちと叩く。
「おーい、目を覚ませー」
「もう少し強くしたら?」
中々起きない少年を尻目に、夜空がそう言う。
「しょうがないな。 起きないこの子が悪い」
刹那は、少年の頭にチョップを入れた。
「あだっ!? ってぇ……一体何なんだよ……」
少年はそれで起き、文句を言いながら目を覚ました。
「ようやく起きたわね」
「綺麗にチョップが入ったからね」
「叩き起こして悪かったね。 だけどまあ、起こしても起きない君も悪いから、仕方が無い」
「……あんたら、何者だ?」
警戒を顕わにする少年。
まあ、当然と言えば当然の反応である。
「それは失礼じゃないの? 命の恩人に対して」
「夜空が言うことじゃないからね」
「でも、刹那が命の恩人だっていうのは事実よ」
「それはそうだけどね」
命の恩人である刹那に対し、失礼な態度の少年にむっとする夜空を抑える刹那。
「命の、恩人……?」
「まだ整理が付かないか。 たまたま君が誘拐されるのを見つけて、僕が助けたんだ」
いろいろ端折って経緯を教える刹那。
「そうだったんですか。 助けてくれてありがとうございました」
助けられたとわかると、すぐにお礼をする少年。
礼儀正しいのと同時に、すぐに信じるとは騙されやすそうだ。
ただ、人を見る目があるだけかもしれないが。
「ところで少年」
「何ですか?」
「誘拐された理由、知りたいかい?」
刹那は問うた。
それを聞けば、少年の運命が変わる質問を問うたのだ。
「……はい。 教えてください。 俺が誘拐された理由を」
少年は、織斑千冬の弟は、真実を知ることを選択した。
「真実は残酷だが、それでも聞くのかい?」
「はい。 嘘偽り無く、真実を教えてください。 どうして誘拐されて、何があったのかを」
「わかった。 全てを教えよう」
刹那は語る。
廃倉庫で何があったのか、どうして誘拐されたのかを。
嘘偽り無く、ありのままの事実を。