第十一話『少年の真実』
「……これが、君に起こったことの真実だ」
刹那は少年に、起こった全てを語った。
ただし、能力のことは言っていない。
「………………」
少年は、俯いたまま黙り込んでいた。
実の姉が、誘拐された自分を助けに来なかったことが、彼の精神に多大なダメージを与えていた。
「クク……クハハハハッ!!」
「「「っ!?」」」
突如、不気味に笑い出した少年に、刹那たちは驚いた。
実姉から見捨てられたかも知れないのに、笑い出したのだ。
正気ではない。
「何だ、結局俺は捨てられたのか! クッ、クハハハハッ!」
少年の瞳は狂気に染まっていた。
少年はもう、壊れていた。
「……少年。 これからどうするつもりだい?」
「そうですねぇ……このまま死ぬのも、悪くないかもしれませんねぇ……」
口調が変わっていた。
狂ってしまっている。
「そうか……」
刹那は立ち上がり、少年の首に手刀でトンッと叩き、少年の意識を刈った。
「……とりあえず、正気に戻ってくれないと困る。 悪いけど、連れて行かせてもらうよ」
刹那は、気絶して聞こえていない少年に向けて、そう言った。
「琉歌、夜空。 とりあえず帰るよ。 この子は、落ち着いて答えを出すまで、家で預かる。 いいね?」
「ええ。 刹那がせっかく助けた命が消えるのは、見たくないしね」
「刹那がそれでいいなら、私に異論は無いわ」
刹那たちは、少年を担いで家へと帰った。
Side〜少年〜
「ここは……」
目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。
あれ……?
どうしてこんなところにいるんだ?
「目が覚めたようだね」
「貴方は……」
声の主は、赤い髪と瞳の男性―――俺を助けてくれた人だった。
名前は……知らない。
「ああ、そう言えばまだ名乗ってなかったね」
俺の心を読んでいるようなタイミングだった。
「僕は闇影刹那。 君の名前は?」
……そういえば、俺も名乗ってなかったっけ。
「織斑、一夏です」
「一夏君か。 悪いね、手荒な真似をして」
「手荒な、真似……? 俺、どうしてここに寝ているんですか?」
「……覚えていないのかい?」
覚えて……?
「っ!」
思い出した……。
俺は、誘拐された理由を聞いて、そして俺はついに壊れちまったんだ。
「その様子だと、思い出したみたいだね。 まあ、あのままだったら本当に死にそうだったから、無理矢理眠らさせてもらったよ。 せっかく助けた命を、僕の目の前で無駄にされるのは嫌だからね」
俺は、闇影さんがせっかく助けてくれたのに、死のうとしたんだっけ……。
「まあ、正気に戻ってくれて助かったよ。 今後のことについて、ちゃんと話せるからね」
「今後のことって……もう俺に、居場所なんてありませんよ……」
俺は実姉からしてみればいらない存在。
邪魔でしかなかったんだ。
だから俺を助けになんて来なかったし、俺も『ああ、やっぱり』と納得してたからな。
おかげで、本当に狂っちまった。
「よければだけど、そう思う事情を教えてくれないかな? 僕としても、君と織斑千冬の関係が気になるからね」
……やっぱり、俺が織斑千冬の弟だって言うのは知っているんだな。
「いいですよ。 もう、どうでもいいことですから」
俺は、大して楽しくも無かった人生を思い返す。
「俺と織斑千冬は、両親に捨てられているんです」
「っ、いきなりヘビーだね……」
「そうですか? 俺からしてみれば、いないことが当たり前なんで、どうも思わないんですけど……」
まあ、とりあえず話を続けないとな。
「昔のあの人は優しかったんですよ。 けど、篠ノ之束と仲良くしだして、それは崩れました。 あの人は篠ノ之束と何かをしだして、俺の外だけを気にかけて、俺の精神のことについては気にかけなくなりました」
ISが、篠ノ之束と関わった所為で、俺の精神は壊れていった。
あの時、あの人が俺のことをもっと見ていれば、俺はこうなることはなかっただろう。
「そして、ISが発表されてからは、ISの生みの親である篠ノ之束と一緒にいるようになったんです。 白騎士事件の後から急速にISが普及されて、あの人は俺よりもISに没頭するようになった。 そして、一回目のモンド・グロッソで総合優勝した。 そのときは純粋に嬉しかったです。 実の姉が世界大会で優勝して、格好良くて。 だけど、その所為で俺に対する評価が変わったんですよ」
その頃から、俺は俺で無くなった。
「俺は『織斑一夏』じゃなくて、『織斑千冬』の弟して見られるようになったんです。 俺を俺としてみてくれる人はいたけど、ほとんどが『あの織斑千冬の弟だから』って理由で勝手に俺に期待をして、出来たら『あの人の弟だから当然』だって言われて、出来なければ『あの人の弟なのに』って勝手に失望されて、『あの人の面汚し』って、『出来損ない』だって罵倒されて……」
特に女は酷かったな。
ISは女にしか扱えないから、あの人は女の憧れだった。
だから、あの人の弟である俺に嫉妬し、あの人よりも劣っている俺を、束になっていじめた。
俺はあの人に心配をかけないように、ずっと言わずに耐えていた。
あの人はそれに気づかず、俺の外面だけを案じて、俺の内面には一切気づいていなかった。
「俺は、いつからだったか、心を殺した。 俺は心を偽って生きるようになっていたんです。 もう、いつから自分の本心を偽っていたのか、覚えていません。 今では、自分を偽ることが、普通のことになっていますから」
「自分を偽る仮面、ね。 やっぱり自分を隠していたか」
「やっぱりって、気づいたんですか?」
俺が自分を偽っていることを気づいている人はいなかったのに……。
あっ、二人だけ、違和感を感じている人がいるっけ。
「何となくだけどね。 これだという確証は無かったよ」
「それでも、俺の偽りの仮面に気づいたのは、闇影さんが初めてです」
「そうか。 それと、刹那でいいよ。 闇影は、父さんたちもそうだからね」
「あ、はい。 刹那さん」
この人はいい人だ。
何かあるみたいだけど、この人は善人だ。
ただ、善人であるけど、悪にも染まりそうな、そんな善人だと、俺は思う。
「話は大体わかったよ。 で、それを踏まえて言うよ。 一夏君、君はこれからどうしたい?」
刹那さんは俺に問いかけてきた。
けど、俺にはどうしたいという願望は無い。
そもそも居場所の無かった場所へ帰るのも嫌だ。
帰るという選択肢は、無い。
「俺には、どうしたいっていう願いはありません。 ただ、あの場所へ帰るつもりはありませんけど」
あの二人は気になるけど、またいつか、会いに行けばいいだろう。
俺は、あの場所で暮らすのは疲れた。
「じゃあ、ここで暮らすかい?」
「へっ?」
ここで、暮らす?
俺が?
「……どうして、今日あったばかりの俺に、そこまでしてくれるんですか……?」
ここで暮らすっていうのは、刹那さんだけの独断で決めれることじゃない。
親や、あの刹那さんの恋人?さんと、ちゃんと話し合わないといけないことだ。
見ず知らずの俺を、受け入れようとする人なんて、そうはいない。
「まあ、せっかく助けた命が、無駄に散っていくっていうのが嫌なのと……」
「嫌なのと?」
「君が織斑千冬の弟だから」
「っ!」
……この人もなのか……。
「ああ、勘違いしないで欲しい。 僕は、君が織斑千冬の弟だからと言ったけど、正確には、同じ白騎士事件の被害者だからだ」
「白騎士事件の、被害者……?」
それが、どうしてあの人と繋がるんだ……?
「僕の両親はね、白騎士事件で怪我を負ったんだよ。 父さんは左腕を失い、母さんは下半身が動かなくなった。 そして、琉歌の両親は、あの事件で死んだんだ」
「え……?」
死んだ?
白騎士事件で?
刹那さんの恋人の両親が?
「あの事件の死者はゼロだって、ニュースで……!」
「そんなもの、世界がISの有能性を示すために、死者がいることが不都合だったから、揉み消したんだ。 所詮、国と言うのは力が欲しいんだ。 そのためなら、その程度の被害は揉み消す。 それが権力者だ」
白騎士事件とあの人、どうして関わりを……っ、まさか……!
「辿り着いたみたいだね。 そうさ、僕たちは、白騎士事件を起こしたのが、ISの有能性を知らしめるためのマッチポンプで、その首謀者が篠ノ之束で、白騎士の正体は織斑千冬だと、そう思っている。 だから、その二人に人生を狂わされた君を、放っておきたくは無い」
あの人が、犯罪者……?
「まあ、そんなことで、僕は同じ被害者である君を、見捨てたくは無い。 それは、琉歌や夜空、父さんや母さんも同じ気持ちだ」
なら、俺の答えは決まったな。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
俺は、この家に厄介になることにした。
Side〜一夏〜out