第二十一話『中国代表候補生』
「転校生? この時期にか?」
一夏が席に着くと、女子が話しかけてきた。
一夏も、普通に接する女子には優しいのである。
「そ。 中国の代表候補生だって」
「へぇ、代表候補生か。 強い奴だと嬉しいんだけど……」
一夏は刹那や琉歌、夜空以外にも自分とまともに戦える人を求めている。
強いが故に、弱い相手では物足りないのだ。
(にしても、中国か……あいつ、元気にしてるかな……)
一夏は、中国と言うことで、中国人で、一夏に違和感を持っていた一人の女子を思い出していた。
そして、同じく違和感を感じていた男子も思い出していた。
「来月のクラス対抗戦、勝てるよね!」
「俺に勝てる奴なんて、そうはいないから、まあ大丈夫だろ」
来月にはクラス対抗戦がある。
ちなみに、一夏は強すぎるので、シールドエネルギーを半分に減らすと言うハンデが付けられることが決まっていた。
まあそれでも、今の一夏ならそこいらの生徒には余裕で勝てるのだが。
「闇影くん、がんばってね!」
「フリーパスのためにもね!」
「今のところ専用機を持っているクラスは一組と四組だけだから余裕だよ」
「―――その情報、古いよ」
教室の入り口から声がした。
その声に、一夏は聞き覚えがあった。
「二組も専用気持ちがクラス代表になったの。 そう簡単には優勝できないから」
「……お前、鈴か?」
そこには、小柄なツインテールの少女がいた。
「そうよ。 中国代表候補生、凰 鈴音。 今日は宣戦布告に来たってわけ」
「久しぶりだな、鈴。 三年で随分と立派になったじゃねえか」
「まあね。 にしても本当に久しぶりね、一夏。 三年で随分変わったみたいだけど、今の方がらしい気がするわ」
「まあな。 ところで鈴。 話すのはいいが後ろに気をつけろ」
「はあ? 何を……」
彼女は、箒が転校して、入れ違いに転校してきた女子で、一夏の仮面に違和感を覚えていた数少ない人なのだ。
鈴は一夏を織斑千冬の弟だと気にせずに接し、よく遊んでいた一人だ。
だが、結局その違和感は確かめられずに、一夏は行方不明ということとなり、それは鈴の中で迷宮入りとなっていた。
だが、そういうこともあり、一夏は未だに鈴を渾名で呼ぶのだ。
そして、その鈴は一夏の指摘で背後を見た瞬間、スパーン!と鈴の頭上に衝撃が走った。
そう、織斑千冬の出席簿が振り下ろされたのだ。
「もうSHRの時間だ。 教室に戻れ」
「ち、千冬さん……」
「織斑先生と呼べ。 さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。 邪魔だ」
基本、誰にでも高圧的な織斑千冬である。
「す、すみません……」
鈴は織斑千冬が苦手であり、ささっと戻っていった。
「一夏ー! また後で話するからね! 逃げないでよ!」
「相変わらず元気な奴だな」
鈴はそう台詞を残していくと、一夏は苦笑した。
だが、そんな一夏を良く思わない者たちがいた。
「……一夏、今のは誰だ? 知り合いか? えらく親しそうだったな?」
「闇影君とただならぬ関係!?」
まあ、一夏に恋焦がれる女子たちだ。
バシンバシンバシンバシン!
「席に着け、馬鹿者ども」
だが、この場には鬼がいた。
立っていた生徒たちは、揃って出席簿の餌食となった。
☆
「よ、一夏」
そして昼時、刹那たちは学園内に降りていた。
「あ、刹那兄に琉歌姉に夜空姉。 三人揃って昼飯か?」
「そうよ。 まあ、凰鈴音を直接見るためでもあるけど」
「鈴を? まあ、悪い奴じゃないぞ、あいつは」
「一夏の話を聞いているから多少なりとも知っているけど、三年経った今の様子を直接見るだけだよ。 手を出すつもりは無いよ」
「手を出さなければどうでもいいんだが、とりあえず食堂行こうぜ」
四人は食堂へと向かった。
「待ってたわよ、一夏!」
食堂に着いた刹那たち御一行の目の前に現れたのは、刹那たちの目的である凰鈴音であった。
「とりあえず退いてくれ。 食券出せないから。 それと通行の邪魔になってるぞ」
「わ、わかってるわよ」
ちなみに、その手にはラーメンの乗ったお盆があった。
「のびるぞ」
「わ、わかってるわよ! 大体アンタを待ってたんでしょうが! 何で早く来ないのよ!」
「おいおい、相変わらず理不尽だな、お前は。 約束して無いのに早く来いって無理があるだろ」
とりあえず食券を出す刹那たち。
「それにしても久しぶりだな、鈴。 三年振りか。 変わらないな、お前は」
「そう言うアンタは変わったわね。 よくわかんないけど、何か今の一夏の方がらしいって感じがするわね。 何でかは知らないけど」
二人は懐かしげに話す。
「で、この三人は誰な訳? ってか『闇影』ってどういうことよ? 教えなさいよ」
説明を求める鈴。
「ま、鈴ならいっか。 気づきかかってた一人だし」
一夏はそれに応える。
仮面に気づいていた鈴だからこそ、あっさり承諾したのだ。
「席に移動するよ。 話はそこでだ」
「了解」
刹那たちは注文の品を受け取り、空いていた席へと向かった。
こういうときに地味に役立つ『直感A+』による気配探知である。
テーブルに着いた五人は、話を再開させた。
「で、あんたらは誰なのよ? アンタはもう一人の男性IS操縦者でしょ?」
刹那のことは世界中に知れ渡っている。
まあ、IS学園に来た時点で知れ渡らない訳が無いのだが。
「そうだよ。 僕は闇影刹那。 一夏の兄だよ」
「はぁ!? 兄!? 千冬さんはどうしたのよ!?」
刹那の言葉に驚愕する鈴。
それも当然であり、三年前のことしか知らない鈴には一夏が織斑千冬を見限ったことを知らないのだ。
「あいつはどうでもいい。 好感度で言えば、あいつよりも鈴の方が圧倒的に上だからな。 何たって俺の仮面に気づきかかってたのは、お前と弾のたった二人しかいなかったんだからな」
弾、と言うのは中学で半年もいなかったが、仲の良かった男友達だ。
五反田弾と言い、もう一人の一夏に違和感を感じていた人間である。
「か、仮面?」
「そう、仮面。 俺ってあの時は自分偽って生活してたんだよな。 『織斑千冬の弟だから』って下らない理由で比較されたり期待されたり、勝手に失望されたり、そういうのから心を守るためにな、俺は本心を隠し続けてたんだよ。 まあ、織斑千冬の名前が有名になる前から自分を偽っていたと思うんだけど。 で、鈴と弾はほんの僅かだけど、違和感を感じたたった二人だけの存在だったんだよ。 だからまあ、俺はお前が嫌いじゃないぜ」
「そ、そうなんだ」
少し顔を赤くしながら返事をした鈴。
鈴も一夏に好意を抱いているのだ。
「でまあ、いろいろあって俺は刹那兄たちの家族になったんだよ。 あいつなんかよりもずっと俺のことを考えてくれてるし、俺の仮面に初対面で気づいてくれたし、命の恩人だし、いろいろ助けられたんだ」
「そのいろいろが気になるけど、ここでは聞かないほうが良さそうね」
「へぇ……」
意外に気遣いが出来ることに、刹那は感心していた。
鈴の言動からして、もっと聞いてくるかと思っていたのだ。
「そうだな。 ってか、あのことって話していいのか?」
「別に構わないよ。 一夏が言いたいのならね。 だけど、そのことは誰にも言わせないことが条件だよ」
「わかった。 んじゃ、鈴。 後で話すわ」
「わかったわ。 で、ずっと気になってたんだけどその異常なほどに嫉妬したくなる二人は誰なの?」
鈴が示すのは琉歌と夜空だ。
二人とも絶世の美女と言っても過言で無いほどの美女だ。
しかも、スタイル抜群である。
それに対するように、鈴はぺったんこである。
鈴に喧嘩を売っているような二人がいるのだから、気にならないわけが無い。
「私は闇影琉歌。 刹那の妻よ」
「私は闇影夜空。 刹那の……愛人なのかな?」
「はぁっ!?」
二人の自己紹介の直後に驚いた声を上げた鈴。
「ちょっ、何!? アンタ結婚してたの!? ってかあんたたち何歳よ?! って愛人!?」
「鈴、声がでかいぞ」
ちなみに、声はある程度遮断させているので、周りにはそこまで聞こえていない。
実に便利な魔術である。
「何でアンタは落ち着いていれるのよ! 愛人っていい訳!?」
鈴は声を荒げているが、四人はいつも通りの状態であった。
まあ、刹那たちにとってそれが普通なのだから仕方が無い。
「まあ、僕たちは普通では無いからね。 それに琉歌も夜空もこの状態で納得しているし、僕も二人を愛している。 ちなみに、父さんも母さんもこの関係を認めているよ。 ちなみに20だよ」
「私も20歳よ」
「私も一応は20よ」
夜空は世界が始まる前から存在する原初神カオスの力の欠片であるため、年齢もそれと同じだが、この世界では刹那たちと同い年という設定にしているのだ。
「何なの……? 私がおかしいの……?」
「いや、お前は正常だ。 ただ、俺たちが普通じゃないだけだ。 あと慣れるから安心しろ。 俺は非日常が日常になるくらいに慣れた」
一夏も一夏で十分普通じゃなくなっていた。
まあ、三年も普通からかけ離れた存在といるのだから、当然と言えば当然なのだが。
「まあよろしく、凰鈴音」
未だに信じられない鈴に、そういう刹那であった。
「ねえ、一夏」
正気に戻った鈴は、ラーメンを啜りながら一夏に声をかけた。
「何だ?」
「あ、あのさ。 ISの操縦、見てあげよっか?」
「遠慮しておく。 俺はお前よりも強いと自負しているし、俺の師は刹那兄だからな」
刹那はこの世界の頂点に立つ。
そんな刹那を師と仰いでいる一夏は、たかが代表候補生如きに教えを請う訳が無い。
そもそも、現在の一夏でさえ代表候補生を瞬殺するだけの実力を持っているのだ。
いくら鈴といえど、それを承諾しはしない。
「へぇ……私よりも強いって? 最近ISを操縦し始めたアンタが?」
「ああ。 まあ、イギリスの代表候補生なら遊んでやったよ。 はっきり言って拍子抜けだった」
「思いっきり遊んでいたしね」
「まあ、その試合の後の印象が強すぎたけどね」
刹那によるもはや死刑と同義でもいいほどに残酷な私刑があったため、一夏の試合が霞むのも当然である。
「僕の見た感じだけど、生身でも一夏の方が上だね。 まあ、木刀で鉄を斬れるくらい強いなら、そこそこ戦えるんじゃないかな」
「はっ? い、今、何て言ったの? もう一度言ってくれない?」
刹那の発言が信じられなかったのか、聞きなおす鈴。
それに答えたのは一夏であった。
「木刀で鉄を斬る」
「木刀って、あの木刀? 木で出来た刀?」
「ああ、その木刀だぞ。 ってか、それ以外に木刀は無いだろ」
「あ、あれって鉄斬れるの!?」
「斬れるぞ、意外に。 と言っても、滅茶苦茶頑張らないと無理だけど。 まあ、出来るようになったときの感動は今でも覚えてるな」
一夏は懐かしげにそう言った。
ちなみに、一夏が木刀による斬鉄が出来るようになったのは去年のことであった。
「あ、言っとくけど琉歌姉と夜空姉は定規とかでも出来るからな。 刹那兄に到っては何使ってでも出来る。 いやー、いくら刹那兄が化物級に強いって言っても、まさか素手で鉄を切断するとは思ってもいなかった」
「私たちも異常だけど、特に刹那は異常だからね」
「刹那はいつの間にか素手でも鉄を斬れるほどになっていたわね。 流石の私も驚いたわ」
「まあ、僕は普通では無さ過ぎる。 僕に常識を当てはめない方がいいね」
異常すぎる発言の数々に、口をあんぐりと開けて呆然とする鈴。
「だからまあ、悪いけど断らせてもらうな。 まあ、お前が強くなりたいのなら刹那兄に頼めばいいさ。 まあ、刹那兄の特訓は普通に死ねるけどな」
「おい一夏。 何勝手に言っている」
「別にいいだろ? 鈴ならさ」
「まあね。 ただし、この子が真に強くなりたいと言う意思があり、なおかつ着いて来れればの話だけどね」
一夏は着いて来れたおかげで今の強さを手に入れたのだが、刹那がした特訓は常人では耐えれるようなものではない。
一夏が『強くなりたい』と強く願い、意志も固く、常に覚悟が揺るがなかったからだ。
おかげで一夏も超人の域に達したのだが、それでもなお刹那はその遥か高みにいる。
そう、誰もがどんな努力をしても辿り着けないほどの高みに。
「とりあえず、クラス対抗戦、楽しみにしてる。 お前がどれほど俺と渡り合えるか、期待している」
「はっ! 言ってなさい! アンタが自分の力に自信を持ってるみたいだけど、私だって自分に自信を持ってるの! そう簡単に負けてあげるほど私も落ちぶれてはいないわよ!」
「そうこなくてはな。 その程度で負ける気でいたのなら、俺の信じた凰鈴音と言う存在に幻滅するほか無かったからな。 やはりお前はそうでなければな」
一夏と鈴は、やる気を迸らせて睨みあう。
「凰鈴音。 クラス対抗戦、正々堂々楽しもう」
「ええ。 私の、アンタが知らない三年間で手に入れた中国代表候補生としての力、見せてあげるわ」
二人は立ち上がり、固く握手をした。
だが、そこに剣呑な雰囲気は無く、どこか楽しげな様子であった。
刹那と琉歌、夜空はそれを微笑ましげに眺めていた。
『楽しそうだな、一夏』
『やっぱり、友人と再開できたことが嬉しいのよ。 きっとね』
『一夏は私たちと一緒にいたけど、友達は一切作らなかったからね。 ……いえ、私たちが制限してしまったのよね。 そこは申し訳無いけど、今の一夏を見ているのは、私としても嬉しいものね』
『そうだな』
二人の邪魔をしないように、『カオス・クリスタル』経由で会話をする三人。
今の一夏は、それこそ年頃の高校生のように、友達と過ごすことを楽しんでいる。
この三年間はしなかったこともあり、今の状況が楽しいのだ。
「じゃあな、鈴。 俺はもう行くぜ」
「また会いましょう一夏。 今度はこの三年間に何があったのか話してもらうわよ」
「いいぜ。 今日の夜、俺の部屋に来い。 そこで話すからさ」
「わかったわ。 じゃあ、また夜にね」
「ああ」
一夏と鈴は別れ、刹那たちも戦艦へと戻ったのだった。