第二十六話『移動と着替え』
「君が闇影君? 初めまして。 僕は―――」
「そう言うのは後だ。 今は移動優先。 女子が着替え始めるからな」
一夏は急ぐのでシャルルの手を取って教室を出―――ようとして、刹那に話しかけた。
「刹那兄。 とりあえず出てきてくれ。 気配消されたままじゃあ、女子たちも安心して着替えれないだろうから」
「えっ? ええっ!?」
シャルルは一夏が虚空に話しかけたことに呆けたが、その直後驚いた。
何もなかったはずの空間から、突如として刹那が現れたからだ。
「それは悪かったね。 さて一夏。 とりあえずその子を連れて行くよ。 サポートくらいしてあげるから」
「お、それは助かる。 んじゃ、行くぜ」
「え? あ、うん」
驚いてから呆けていたシャルルは、一夏に腕を引っ張られて動き出す。
「男子は空いているアリーナ更衣室で着替えることになるから。 実習のたびにこの移動だから、早めに慣れてくれ」
「う、うん……」
シャルルは落ち着かなさそうであった。
刹那はその理由を知っているが、あえて口にはしない。
「体調が悪いのか?」
「ち、違うよ」
「そうか。 それならいいんだが、無理はするなよ」
一夏はシャルルの様子に気づき、気遣うが、シャルルが否定したので気にしないことにした。
そして一夏たちはペースを落とすことなく階段を下りる。
「ああっ、転校生発見!」
「しかも闇影君と一緒!」
「さらにお兄さんも一緒!」
一夏が急いでいた理由。
それは、転校生目当ての女子から逃げ延びるためだ。
一夏だけならば余裕で撒けるのだが、今回はシャルルがいる。
だが、今は最強の助っ人の刹那がいる。
頼もしすぎる助っ人である。
「いたっ、こっちよ!」
「者ども出会え出会えい!」
「闇影君の黒髪や、お兄さんの赤髪もいいけど、金髪ってのもいいわね」
「しかも瞳はエメラルド!」
「きゃああっ! 見て見て! 闇影君と手! 手繋いでる!」
「日本に生まれてよかった! ありがとうお母さん! 今年の母の日は河原の花以外のをあげるね!」
(毎年ちゃんとした物を贈れよ!)
一夏は心の中で突っ込み、刹那は呆れた。
過保護ゆえに、親に対していろいろと思うことがあるのだ。
「な、なに? 何でみんな騒いでるの?」
「男子が俺達だけだからだろ」
「……?」
一夏は怪訝な顔をした。
(何で「意味がわからない」って顔をする? こいつはこことは違う環境下にいたのか?)
「普通に珍しいだろ。 ISを操縦できる男子なんて今のところ俺と刹那兄、それにお前しかいないんだから」
「あっ! ―――ああ、うん。 そうだね」
一夏は怪訝に思いつつも歩みのペースは落ちない。
というより、刹那がいるので落とすわけにはいかない。
「しかしまあ、男が増えて助かったよ」
「え、どうして?」
「学園に男って俺と刹那兄に用務員さんの三人しかいないからな。 用務員さんは論外だし、刹那兄は超自由だけど、基本男って一人でいるんだよ。 刹那兄はよく来てくれるけど、それでも男一人ってきついんだよ。 気を遣わないといけないからな。 だから、刹那兄以上に一緒にいれる男子が一人でもいてくれる人がいれば助かるんだよ」
「そうなの?」
また怪訝に思う一夏。
(こいつはそう思わないのか? 単に俺とこいつの価値観が違うだけなのか?)
刹那は刹那で別のことを考える。
(これだけの情報があってもまだ気づかないか。 一夏も異常になっては来たが、まだまだだね)
「何にしてもよろしく。 俺は闇影一夏だ。 好きに呼んでくれ」
「うん。 じゃあ一夏って呼ばせてもらうね。 僕のことはシャルルでいいよ」
「わかった」
「……まあ、僕も自己紹介しておこうか。 僕は闇影刹那だ。 一夏の兄だ」
「ちなみに、刹那兄は結婚してる」
一夏は補足説明をする。
「へぇ、そうなんですか」
「また今度会わせるよ。 とりあえず急ぐよ。 悪いけど、飛ばすよ」
「助かるぜ、刹那兄」
「うわっ!?」
刹那は一夏とシャルルを小脇に抱える。
そして、一気に加速した。
一夏はその加速を楽しみ、シャルルはいきなりの加速に驚いた。
常人離れした、その異常なまでの加速に。
(な、何なの!? 人二人抱えてこの速さって、本当に同じ人間なの!?)
驚いてばかりのシャルルであったが、これは刹那だから仕方が無い。
刹那の身体能力は、普通に生身でISを破壊出来るだけのスペックがあるのだから。
「到着だ」
そして、あっという間に到着。
刹那に担がれて第二アリーナの更衣室やってきた二人は、対照的な様子であった。
「いやー助かったよ、刹那兄。 おかげで余裕があるな」
一夏は刹那に感謝し、シャルルはというと……。
「な、何だったのかな、あれは……。 き、きっと何かの間違いだよね……?」
床に両手両膝をつけ、ぶつぶつとつぶやいていた。
普通の人間では到底出せない速度を、人間二人を抱えて出し、ましてや跳んだりしたこともあり、刹那のような『異常』な存在を知らないシャルルはその現実を未だに受け入れれないでいるのだ。
「おーい、シャルルー?」
一夏はそんな様子のシャルルに気づき、声をかけるがシャルルの意識は戻ってこなかった。
「……駄目だこりゃ」
一夏はシャルルに近づき、そしてシャルルの顔の前で両手をパンッとあわせて音を出す。
「わっ! な、何かな!?」
ようやく意識の戻ってきたシャルルが、驚き慌てて立ち上がった。
「シャルル、あれが刹那兄だ。 常識に囚われてたら、身が持たないぞ? 刹那兄に、常識は通用しないぜ」
一夏はシャルルの肩に手を置きながら、悟ったような表情で語りかけた。
一夏が実際に体験したことだからこそ、その対処法を見つけることが出来たのだ。
「う、うん、わかったよ。 一夏も、大変だったんだね……」
「まあな……」
二人して遠くの方を見ながらつぶやいた。
「おい二人とも。 現実逃避するのは別に構わないんだけど、時間は過ぎていくよ。 遅れると面倒なことになるのを忘れたのかい」
「あ、そうだった。 まだ余裕はあるけど、さっさと着替えないとな」
一夏は制服を一気に脱ぎ去り、ベンチに放り投げる。
Tシャツも同様に放り投げ、上半身裸になる。
「わあっ!?」
「?」
「………………」
突如シャルルが悲鳴をあげ、一夏は不思議に思い、刹那は壁にもたれかかり黙って目を瞑る。
「何してんだ? 忘れ物か? 急げよ? 担任は何かと暴力を振るってくるからな。 いくら転校初日のお前でも、問答無用でやられるぞ、多分」
「う、うんっ。 着替えるよ? でも、その、あっち向いてて……ね?」
「人の着替えをじろじろ見る趣味は無いが、そう言うシャルルは見てるよな」
「み、見て無い! 別に見て無いよ!?」
両手を突き出して否定するシャルル。
「まあいいや。 でも、遅れると(シャルルじゃあ)洒落にならないだろうから、さっさと着替えろよ」
テキパキとISスーツを着る一夏。
シャルルも着替え始め、すぐに着替えが完了した。
ゆっくり歩いても十分間に合うだけの時間があった。
「そういえば一夏と刹那さんと全然似てないね。 髪の色とかも違うし」
歩きながらしゃべっていると、シャルルがそう言った。
「そりゃそうだろ。 俺と刹那兄に血の繋がりは無いし」
「えっ、そうだったの……? ゴメン……、無神経だったよ……」
シャルルは一夏の応えに表情を暗くして謝った。
「気にすんなって。 前の生活より、刹那兄たちと家族になった方がずっと楽しいし。 まあ、この辺りの話はちょっと長くなるからまた後でな」
一夏は苦笑しながらシャルルにそう言った。
「何だ、会ってばかりのシャルル・デュノアにそのことを話すのか。 初めてじゃないかい?」
そこに刹那が割り込んだ。
現に、このことを話したのは一夏の仮面に僅かながらでも気づいていた鈴のみにしか言っていない。
「シャルルを見てると、何か俺と似ている気がしてな。 俺も今一わからないんだけど、シャルルなら言ってもいいかなって思えてくるんだ」
「そう。 一夏がいいのなら、僕は構わないよ」
刹那は、シャルル・デュノアが性別を偽っているのをわかっているのだが、一夏がそれでいいのならそれで構わない。
ただし、その対象が一夏たち家族に害を与えなければ、だけれども。
「そろそろ着くかな。 僕は気配を消しているけど、いないわけじゃないから。 何かあったら呼んで」
「あ、わかった」
一夏の返事を聞くと同時に、刹那は再び気配を消して姿が消えた。
「っ!?!?」
常識を捨てきれないシャルルは、それを見てまた驚くのだった。